2010/9/19

言葉の持つ幸せの力  いい話
 言葉には人を幸せにする力がある。 日々の生活の中で、
人はどんな会話を交わし、また誰から言葉を掛けられているだろうか。
一日が始まれば、家族を持つ者はその家族と少なからず、会話を
交わしているだろう。 職場へ行けばまた同僚と挨拶を含め、
幾らかの会話を交わすだろう。

 しかし、その程度の中に感動や勇気を与えられていると言う実感は
特別な時や特別な言葉でも聞かない限り、感じないだろう。

そして、それは逆も言える。 つまり相手も同様であるとすれば、
朝の「おはよう。」に「今日は天気が良いよ。」のひと言を加える
だけで、声を掛けられた人は何となく清々しい一日を迎えることが
できるのである。 お店に入っても同じことが言える。
 単なる「いらっしゃいませ。」なのか、心のこもった「いらっ
しゃいませ。」なのか。更にひと言、二言付け加えるだけで、
言葉は更に重みを増して行く。

 このように「言葉」には人に小さな幸せを与えることができる。
そして人に小さな幸せを与えることで自身も少しだが満たされて
行く。 人に良く見られたいとか、尊敬されたいとか、心の中
では、色々考えるだろう。 しかし人はそれが叶わないと
心とは逆の言葉を発している。 揚げ足をとってみたり
嫌味を言ってみたり… それらは心が寂しいに過ぎない。
そんな言葉を放っても誰も満たされない。誰も幸せにはならない。

むしろ、自身の愚かさと「心」の哀しさをさらしているいるに
しか過ぎないだろう。

 私は営業と言う仕事を生業にしている。
よく「営業は口が上手い」と言われるが、私の場合、口が上手い
のではなく、人の利点・良い所が見える。そして人が好きにだと
言うのが本音である。 多くの方々は私の与える小さな「言葉の
幸せ」に対し、優しさで返してくれる。
私はその行為に心から返したい思う。
それこそがコニミニケーションの本質と思うからだ。

そんな「言葉の持つ幸せの力」は誰にでも発揮出来る。
ご近所さんや郵便配達、朝よったコンビニの店員。
更には電話の受け答えでも幸せの言葉は通じる。

どうです。 だまされたと思って、一度、真剣にやってみて
下さい。 与えた幸せの分だけ必ず返ってきますよ。

この力は人の第一印象を良くします。
男なら、「強い」とか「偉い」とか、そんな些細なことを
考えますが、「いい人」こそ、最強のイメージだと思います。
1

2010/9/14

映画「シャッターアイランド」の謎を解く。  
いや〜、秋ですね。 昼間はまだ暑さを感じますが、朝夕の
過ごし易さは本当に嬉しい限りです。 こんなに季節の
移り変わりを嬉しく思うのは本当、久しぶりです。

そんな秋の夜長はやっぱ[映画]ですね。そして早々
レンタルしたのは予告編が気になっていたデカプリオ主演の
「シャッターアイランド」。何の前知識もなく見たのは
大正解でした。 この映画、確か予告編では「見ざる・
言わざる・聞かざ」イヤ[目を離すな・誰も信じるな・
結末は誰にも言うな]が宣伝文句だったと思います。

監督スコセッシの演出は重厚で、編集の中にそのトリックを
含ませているのが、この作品の魅力だと思います。

「タクシードライバー」の時もそうでしたが、見ていて
楽しいとか、エンディングで事件が解決したりとか、
サスペンスでもない、壮大なテーマ(タクシードライバーの
時はベトナム戦争・本作では精神疾患の治療方)を
題材にしているが、この作品は一人の人間の運命・そして
彼が選んだ生き様を描いているに思えます。

では簡単に謎解きを解説して行きます。
これからはネタバレとなりますので、まだ見ていない方は
避けて下さい。見てから読む方が間違いなく面白いです。

・・・・・・・・以下ネタバレ・・・・・・・・・・・・

@映画が始まるといきなり、船酔いに苦しむ主人公がいる。
彼は時に「水が苦手だ」と言う。なぜか…

A島に降り立った保安官2人に対し、刑務管は一斉に
警戒心を高める。 それは劇中劇の始まりだからだ。

B院内への門の前で、保安官2人は銃の解除を明示られた。
主人公は難なく銃をベルトから取り外したのに相棒は
手こずっていた。  それは銃の扱いに慣れていないから。

C院内に入ると、精神疾患の囚人が手を振り笑顔を向ける。
それは彼が顔なじみだったから。

D更に首にキズをつけた女性囚人は「しゃべるな」と、
指を口に当て合図する。 それはこれがテストで「無駄口が
命取り」と伝えようとしているから。

E保安官が捜査を進める内に担当医の行方を尋ねる場面が
ある。 画面では確認することが出来ないが、確かに
目線が保安官助手に向いた後からの編集が行われている。
つまり助手こそが担当医であることを暗示している。

F映画は中盤から主人公が見る幻想を度々重ねて行く。
誰かが幻想を起させているのか?
サスペンス風にみればここから意図的な工作が主人公に
加えられたと推測もできるが、それは否定できる。
どんなに薬物を加えては元凶が無い者との食い違いは
不自然でおり、この段階は捜査開始から僅か2日間に対し、
2年の治療期間と安定剤の欠如による禁断症状の結論が
正しいと思える。

G終盤に差し掛かり、洞窟で見失われていた患者を発見する。
彼女は院内の策略を主人公に説く。
これに就いては色んな見方が出来る。「あの洞窟は誰も
近寄れない」そう、警備官が先に話していて。
なのに、入れた。 やはり彼の幻想か?それとも彼への
テスト結果を不利にしょうとする陰謀なのか?
いや、実際に精神異常となった元看護医師が実在していたの
かも知れない。

Hそして物語のラスト。 最後のテストの日である。
担当医は助手に扮し、主人公に近寄る。
何気ないセリフで彼がまだ事件を捜査中の保安官でいるのを
察すると担当医かうつむきながら、主治医に首をふり、
「完治出来ていない」と暗示する。
しかし、主人公は思わぬ言葉を話す…
「モンスターとして生きるより。善人として死にたい。」

そう言うと立ち上がり、彼はロボトミー手術を自ら
受け入れる決断をする。そしてその道筋、確かに彼は
主治医に軽く会釈を送っている。 この場面は編集でホンの
軽い程度にしか見えないようにしている。

劇中で主治医は「トラウマ=心のキズ」と、説いた。
更に精神疾患には薬物による精神安定とロボトミー手術に
よるコントローの二つがあると話している。
同作品が描かれている年代はその両方が併用されており、
現代ではロボトミーが行われることは殆どなく、薬物
治療が主軸となっている。

本作はある意味、強い意志や責任感をもつ人間ほど、
大きな感情への衝撃によって壊れ易いことを暗示してのかも
知れない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
で、話は終わりです。
この作品が映画の歴史を飾るとは思いません。(時代が時代ですから)

でもデカプリオの演技良かったですね。
良い意味でカッコイイ。

人は常に[情緒不安定]に陥り易い。 怒りや憎しみ・ねたにetc
その瞬間でも自身で葛藤し、正しい答え(自分なりに)見出せるか?
そんな想いで見ると、主人公の生き様が垣間見えるかも…






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2010/9/11

私ごとですが。  
もう9月だと言うのに、まだ暑さが残っています。
子供達に言わせれば「寒いよりはマシ」と、言ってはくれますが、
クーラー点けて寝ているのはお前たちだろうが、とオヤジはまた、
愚痴をこぼしてしまった。
そして、この9月を過ぎれば本格的な[秋]が来るそうですが、
それと同時に[たばこ値上げ]がやって来ます。

心では「これを期に禁煙」を考えているが勇気がない。
実は過去に禁煙に失敗している。 あの頃、口が寂しく、ガムを
噛み、さては飴玉、更には御菓子・サンドイッチ・焼きそば…
もう限界と、挫折してしまったのです。(情けない)

先日、仲間との(飲み会)では「もう気安くタバコをちょうだいと
言うのは禁句だぞ。」 「これからは1本貸して下さいだ。」
「じゃ俺はタバコ1本づつに名前書こうかな(笑い)」
と、冗談とは言えない会話に沸きました。

そこで今、考えているのが[一杯の掛けそば]ならむ[一本の
タバコ]作戦である。

すぐに辞める勇気がない。 で減らして行こう…
で、1本のタバコを朝・昼・夜の3回に分けて吸うのだ…

まさに涙なくては語れない哀しい話です。グッスン!

で、今日試してみました。  朝・昼は持ちましたが…

夜は持ちませんでした。

しかし、今回は真剣に取り組みたいと思います。
おっと、これは独り言なので宣言ではありませんので
吸ってる私を見てもとがめないでね。
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