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2007/8/23

2007.8/22:再起動  2007年
『ハダカの城』マスコミ試写の案内を出して、早速、反応有り。
有り難い。
今回の東京公開で、あの事件がなんだったのか、再度、感じてもらう為に、
いまはどれだけ露出するかだ。
コンペの反応よりも、実績として多数の目に触れなければ。
いろいろと連絡が後手になってしまっている方々が居て、申し訳ない。
自分が戸惑うくらい、多忙である。
愚痴が愚痴にならないくらい、自分に振回されている。(^_^;)
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2007/8/23

2007.8/12:はじまりのまじない  2007年
『ハダカの城』劇場公開に際して、森達也監督からコメントを頂いた。
お忙しい状況なのに無理を言ってしまった。申し訳ない。
その言葉は、この作品への応援と"やるべき"仕事を示してくれた。
スゴイな。森さん。
2001年の山形で『A2』を観て、
自分も「もっと世界を正面から見てみたい」と思ってきた。
いま、それは、まだまだ出来てないけど、まだまだ狡いやり方だけど、
始まりたかった。

今回、あと二人、コメントを頂いている。

ひとりは取材のなかで出会った記者で、彼は僕とは比べようがないくらい、
この事件と、水谷洋一と関わってきた。
そして『ハダカの城』の完成を心待ちにしてくれていた。
彼が、僕の作業をずっと認めてくれていた事は心強かった。

そして、もう一人。
『ストロベリーショートケイクス』の矢崎仁司監督からも。
矢崎監督は僕の前作のプライベートルポ作品を見てくれていた。
この2月、大阪での『花を摘む少女と虫を殺す少女』の上映会イベントでは、
僕がホストにもかかわらず、講演の中で『ハダカの城』の紹介をしてくれた。
この上映会の翌日が、『ハダカの城』初めての一般試写会で、
「新幹線まで時間あるから」と、わざわざ会場で見てくださった。
「僕は柴田監督の作品、好きです」と言って頂いた。

この三人に"映画"として認められて、始まりたかった。

【これは始まりの終わりであって、終わりの始まりではない】
ボディーコピーは、水谷社長が良く言われていた言葉を使うことにした。
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2007/8/23

2007.8/9:劇場版、完成!!!  2007年
あっけなく「『ハダカの城』劇場版(108分)」が完成した。
「ディレクターズ・カット版(122分)」から
削ぎ落とせる"間"と"情報"を絞ったカタチ。
「まだ、やってたの???」って言われそうだが、悪あがきです。(^^;)
この二つのバージョンで、おそらく完了だろう。
「劇場版」は、あの事件と水谷社長の生き様を語った。
「DC版」は、水谷社長と長男・甲太郎さん、家族の時代を見た。
その物語の質量の為、エンドクレジットが出る瞬間の印象が異なる。

何度も書いたが、作品のラストシーンから2年が経った。
公開が遅すぎたのか、世間の温度からワザと外したのか、
結局は不器用さと面倒くさがりの所為だが、
いまとなっては僕自身、自分の心は分からない。
ただ、作業中にあった「古い事件だね」と
題材を片付けられた言葉に憤悶してきた。
僕のそんな違和感と苛立ちなんて、
水谷社長の憤りと悔しさとは比べものにもならないが、
意地になってこの作業を続けてきたのは、その思いからだ。
しかし、如何せん、作品の出来は悪い。(苦笑)
ドキュメンタリー映画としては、私情に寄りすぎてる。
取材の温度に波があって、ある側面にはまったく褪めてみていたし。
実際、事件にも政治にも、世の中の正義にも、興味なかった。(スンマセン)
しかも水谷社長への想いではなく、この時間を"生きた"僕の証明だった。
身勝手ですね。

今年の「山形国際ドキュメンタリー映画祭」からは選外となった。
負け惜しみでもあるが(笑)、実は安心したのだ。
このボリュームの仕事をしたくせに、
本当の「手応え」がなかった自分が居る。
それは、ダメだ。
この映画は大好きな作品だが、臆病な自分と何度も話し合った。

ラストシーンまで見てくださった観客の方が、
最後の最後に仕掛けた"闇"をどう受け止めてくれるのか。
ようやくそこで、僕は解放されるのだ。
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