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2008年8月18日 鎌倉:六見国山
山道の休憩所でほこり被ったステレオと格闘する男子が1人
それを見つめる男女4人
肝心のステレオ本体はガーガービービーと耳障りな音を立てるだけ
修理担当の少年は観念したのか、天を仰いだ
「どーして聞こえないんだよー!!」
「健太君、聞こえるかどうか確認してから持ってこなかったのかい?」
「宮迫〜!お前が山中なら電波が良いって言ったから!」
「それは・・・ラジオが壊れていたら元もこもないよ!」
正論を突きつけられ、星野健太は黙り込んでしまった
「だいたい、今日みたいな大切な日にハイキングを企画するなんてマジダメだよ!星野は!」
仁美も健太に応酬する
「だって!あいつが決勝まで勝ち上がるなんて思ってなかったし!」
「咲の事、信じてなかったんだ〜美翔さんは会場へ行っているのに〜」
「う・・・うるさいなあ!」
顔を真っ赤にして否定する健太
「星野君・・・」
それを切ない目で見つめる優子
「はあ・・・」
ため息をつく加代
「この!このっ!おりゃあ!」
ガンッ
健太はステレオの角斜め45度に水平チョップを入れた
すると・・・
『・・・・ザ・・・あ・・・満員の甲子園球場!まもなく決勝戦のプレイボールです!』
アナウンサーの実況が聞こえ、「おおっ!」と身を乗り出す5人
『注目はやはり!!この第一打席でしょう!!
決勝まで1人で投げきった横浜明訓の1年生エース!日向咲!!
防御率はなんと驚きの0.33!!まさに神奈川が誇る輝く太陽!!』
「咲!!頑張れよ!!」
「日向さん!優勝です」
「咲が甲子園の決勝なんて、マジヤバイよね!」
「私、咲と一緒にバッテリー組んでいたのよね・・・」
「本当に凄いわ!夕凪の誇りよ!」
『対するは!高校野球史上最強の1番打者といって過言ではないでしょう!!
大阪桐陽が誇るリードオフゥ・・・・ザ・・ザザ・・・ザ!!』
「あれ!?」
「健太!もう一回!!叩いて!」
「おうよ!!」
仁美の発破で、健太は腕を捲くった
ガンッ!!
『・・・・ザ・・・よ・・・いよ世紀の対決の時、来る!!』
「よっしゃ!」
健太はガッツポーズを取ったが、既に他の4人はステレオのラジオ音声に集中していた
ざわつきが聞こえてくる
ブラスバントの演奏はまだ始まっていない
試合開始定刻1分前
『今・・・後攻の横浜明訓高校の選手が守備につきました!
投手日向咲!アンダースロー、投球練しゅ・・・・を・・・終えま・・・た』
時折入るノイズが凄い
「俺のステレオ!もうちょっと頑張れ!」
「「「「しぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」」」」
『・・・バッ・ター・・・・み・・・さ、注目の第1打席!!
ウウウウウウ・・・ウ・・ウ・・・・ウウウウウウウウウウウ・・・・・ウウウ・・・・・・・ウウ・ウウ・・・・・ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!
サイレンが鳴って日向咲がアンダースロー、第1球を・・・・投げましたっ!!
ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!』「「「「「あーーーーっ!!」」」」」
肝心なシーンが聞き取れず同じポーズで悶える5人
「星野君!!」
「おう!!!」
優子の声に健太が応える
ガツッ!!
健太がチョップを入れると、ラジオはノイズとは明らかに違う
『ワアアアアアアアアアーーーーッ!』という波のような音を出した
「星野君、これって・・・?」
裕子が不安そうに尋ねると、健太は唇を噛み締めた
「これだけの歓声が上がる状況は一つだけだよ・・・
・・・・
・・・・
・・・・
咲が・・・打たれたんだ」
今までに無くクリアな音声の実況が六見国山に響き渡る
『甲子園は!美墨なぎさのためにあるのか!!
全試合先頭打者本塁打!わが国高校野球史に不滅の大記録が誕生しました!!』

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