「history:7 無四球無安打 対 無四球無安打」
SAKI〜日向咲〜エースナンバー1
「ストライク!!」
審判が高々と腕を上げた
右バッターの内角膝元ぎりぎり!
打者はのけぞった状態で、審判の判定を聞いて一瞬戸惑った
『右対右』で向かってきてから落ちる球、シンカー
咲が最も得意とする球種だ
小宮山は相手との力差を測るため、あえて一番得意な球を要求したのだ
投球練習の時から、咲のボールは力がこもっていた
変化球の斬れも相当なもの
絶好調に近い出来である
だが、相手の力量差は読めない
いつものリード・・・咲の良いボールを生かすリードで良いのか
はたまた、相手の狙い球をかわすリードが良いのか
小宮山にとっても最初の1球が『見極め』だったのだ
バッテリーの見解は一致した
「「いけるっ!」」
1番打者:間藤は再びバッターボックスへ
今度はややベースから近づいて立っている
小宮山は、それを見逃さない
次に構えたのは外角のボール半個ゾーンの外
サインは・・・ストレート
日向咲、振り下ろして2球目!
ズドオンッ!
間藤、速球に空振り、ストライク2
見逃せばボール球
だが、振った
さっきの向かってくるボールの残像で、間藤のゾーン感覚が内よりになってしまったからだ
追い込んだ咲
3球目のサインが決まった
ドオンッ!
間藤が首を上げながらよける
「ボールッ!!」
流石、男子野球部1軍
真ん中高めの『釣り球』には反応しなかった
いや・・・すでに『釣られて』いるのだが
4球目!
カコッ
完全に態勢とタイミングを崩され、力の無い打球をセカンド上本が楽々とキャッチ
咲が投じたのは縦に落ちるカーブだった
アンダースローのカーブは恐ろしい
一旦高々と浮き上がり、その後大きく曲がりながら沈む
断言できるのは、決して一見で打てる代物ではないという事だ
カーブ、シンカーどれをとっても男子部員ですら手も足も出ない逸品
ストレートは速度こそ不明だが、力強く重いボールである事はミットの音で明らかだ
2回表終了
咲は無四球ノーヒット、球数30球
小宮山がベンチに戻る咲に声を掛ける
「ナイスピッチ!」
「ありがとうございます!」
「男子相手でもいけそう?」
「行けると思います!」
「今日はリードも楽で助かるわ」
「ええ・・・ミット目掛けてなげるナリー!えへへ!」
小宮山は咲の肩を抱きながらベンチへと戻るいつものパフォーマンス
「咲、やっぱ凄いよ!」
「流石未来のエースナンバー1!」
完璧な投球を皆が讃える
その中でただ1人、監督徳川だけは苦笑いを浮かべていた
「多いな・・・」
彼女はポツリと呟いた
2回裏2アウトランナー無し:6番ピッチャー日向咲
ブンッ!ブンッ!
ソフトボール仕込みの力のあるスイング
咲は一礼してから右バッターボックスへ
実はこの日向咲
ブウン!
「ストライク」
バッティングが
ブウン!
「ストライクツー」
大の苦手である
ブウン!
「ストラックアウト!」
最後は高めのボール球に手を出して三球三振
これには咲も首を捻るだけ
ソフトボールから野球に転向してから、この打撃の『違和感』だけ払拭できていない
咲曰く
「ボールが落ちてこない」
速さには対応出来るが、問題は球筋なのだ
ソフトボールと硬球では大きさは、重さが大きく異なる
ゆえにピッチャーの手から離れた後、ボールが受ける風の抵抗、重力が違う
その結果が「落ちてこない」という事だ
克服しようにも、このジレンマを抱えているのは全部員で咲だけ
アドバイスの送りようが無い
自分で乗り越えるしかないのだ
試合は淡々と流れていく
咲のアンダースローに攻略の糸口を掴めない男子野球部は7回までノーヒット
対する女子野球部の男子部エース野海の前に同じくノーヒット
無四死球0安打 対 無四死球0安打
一見互角の投げ合いに見えるだろう
しかし、内容は異なる
男子部野海:投球数76
女子部日向:投球数129
8回表
「はあ・・・はあ・・・」
マウンド上で疲労の色を隠し切れない咲
腕がだらりと垂れる
(体が重い・・・)
小宮山のサインを見つめる目もうつろだ
第1球
ビュンッ!
「あっ!」
投げた瞬間気付いた
リリースポイントが完全に狂った事に
ガッシャーーーーーーン!
ボールは暴投し、審判の頭上を通過し、後方のフェンスに直撃した
今日の試合で初めてのことだ
慌てて小宮山がマウンドへと向かう
座したまま腕を組む徳川監督はこう言った
「小宮山、遅いよ。私なら2回の時点で気付いてた。連中も気付いていた・・・これを待っていたんだ」

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