偶然か必然か・・・
私たちはどちら側にいるのだろう?
生まれてきたのは偶然?それとも必然?
人々はこう言う
「この世界が在るのは、偶然を超えた奇跡があるからだ」
でも人々は解っていない・・・偶然は必然の上にあることを
宝くじが当たったのは偶然か?
いいえ、宝くじを買ったという必然があるから
人は何億もの精子のどれかが受精した偶然の産物か?
いいえ、性行為(受精行為)があったという必然です
世の中、偶然は露骨に姿を現すが必然はいつも偶然の裏側
人々から身を隠す・・・、いや・・・必然を見ようとしない
「細工された車に乗り男は出かけた」
「ブレーキの故障で交通事故が起こりました」
原因が見つからないと偶然ブレーキの故障だろうと決め付け
真実から眼をそらす、それが細工された事故だとも知らずに
つまり人は、真実(原因)が見つからなければ偶然とし
真実(原因)が見つかると必然と解釈する・・・
そこがこの世界(プログラム)の盲点・・・
我々人々から真実を覆い隠すプログラム、巧妙なシステム
我々は真実を見ることを規制されているのではないか?
必然を偶然に置き換えるプログラム、それが我々の世界
今見えているのは真実とは程遠い愚像にすぎない
そもそもなぜ世界(システム)は真実を覆い隠すのか?
この世のが作り出した自己防衛システム・・・
それは、細胞で例えれば破壊と再生の調和にあたるもの
人は、細胞の死と再生がバランスよくあるため人として成立し
人として活動する事が出来るのである・・・
しかし細胞の死に対して再生が追いつかない、ソレが老化だ
また逆に、再生に対して死がない細胞がある
それが、無限に増殖して増え続けるガン細胞である
増殖し増え続け最後には自らを破滅へと導く細胞である
この世界でも同じことが言える、調和だ・・・
偶然と必然が調和し、この世界が成り立っている
どちらが多くてもこの世界は成立しない・・・
必然(真実)でパンクしないように偶然(現実)に置き換える
この世界が自分を保守するために組み込んだプログラム
それが我々の眼を偶然(現実)で覆ってる
必然(真実)を隠すように・・・
世界がきった切り札(ジョーカー)
我々は、道化師の手の中で踊っているにすぎない