私がインターネット上に立ち上げているML(メーリングリスト)に参加下さっている方が、ご自分のブログでこんな事を書いておられた。
その方は13年間に渡り塾を経営、中二の女子生徒が学校からもらってきた成績表に関して、親がとても酷い事を言うと大粒の涙をぽろぽろこぼし、それまでの親との確執を話し始めたそうだ。
「この成績じゃ、親戚に顔向けできない」
「友達が悪いから、成績がよくならないんだ」
「お兄ちゃんはよく出来るけど、お前はだめだ・・・」
するとその話を聞いていた隣の席の子が思わずもらい泣きをしてしまい、教室が水を打ったように静まり返った。
どのような言葉をかけてあげたらいいのか言葉を捜していた矢先だった・・・・と。
私は思う。
頑張れと冷たく突き放す言葉よりももっと傷ついた人にとって嬉しく思うのは共に泣いてくれる人がいることではないか。
隣の席のもらい泣きした子は心の美しい子であり、そんな純真な宝石のような心を世の中の価値観で踏み潰されたりしないようにと願いたい。
周りの人を押しのけ「ナンバーワン」になることより、自分は地球上にたった一人の存在であることを知る「オンリーワン」こそが人を真に解放させ本来の生きる力を発揮させる源となるのではないか。
−主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。創世記2:7−


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