全国から1300人の参加者と海外から来賓者4名を迎えての全体集会では、沖縄代表者の戦争体験が胸につまされた。
自然環境の豊かな沖縄で地上戦があり、敵国にではなく自国の軍隊に「集団自決」の強要による住民虐殺がなされたと、自分は最後の生き残りであり余命をこの証言のために体と命を捧げたいと発言されていた。
翌日の分科会では「動く分科会」と題して、現地に行き実体験できるいくつかのコースが用意されていた。
私は「高江連帯コース」を希望。
那覇からバスで3時間、沖縄本島の北部に東村高江区(ひがしそんたかえく)がある。
ヤンバルクイナのいるところだそうでヤンバルとは山原を意味するらしい。
いかにも山原らしく、山深い中にパイナップル畑とさとうきび畑があり住居もまばら、住民は150人だと言う。
青い空と青々した低木の木々が眩しい。
池にはマングローブが植わっていた。
ここに米軍のヘリコプター基地(ヘリパッド)を造ると言う。
道路わきの電柱には、ヘリの夜間飛行時の誘導灯がつけられてあり、実際こんなにも低空飛行するものなのかと唖然とする。
既に「ジャングル戦闘訓練センター」が高江のすぐそばにあり金網がない。
立ち入り禁止区域とされているらしいが。
訓練にはペイント弾が実弾の変わりに使用されている。
驚いた事に使用済みのペイント弾が大量にダム湖に廃棄されていたと言う。
「アメリカ本土ではダム湖の2キロ四方は立ち入り禁止で厳重に住民の水がめを管理していると言うのに。高江住民は人間ではないのか?」
住民の会代表の伊佐さんの言葉が私の胸を突く。
住民は施設局の動きに対しゲート前で24時間体制の座り込みをこの7月からしているそうだ。
夜間、人の寝静まった時間帯に施設局が抜き打ちで工事に来ると言う。
畑をしながら交代で座り込みを続ける住民たち・・・・・・連帯コースでの体験は実にこの「座り込み」だった。
朝8時現地到着から午後2時まで6時間の座り込み。
施設局との緊迫したやりとりや爆音を立てて飛ぶヘリの実態があればもっと高江の実際を体験できたであろうが、何もない快晴ののどかな時間が延々と続く「座り込み」であった。
それでも住民たちは交代で日夜続けている。
南国の小さな村に米軍施設が出来ようとしている。
土地を奪われ金網で囲まれ、自然を破壊し轟音を轟かせ、地球上の戦争地に赴くための演習が繰り返される。
住民たちの日常の暮らしの中にある米軍基地あるいは施設の実態とは、住民の安全と平和を奪うものであり、世界的希少価値であるヤンバルクイナを始めこの地域だけに住む動植物を絶滅の危機に晒す事になる。米軍基地が沖縄の大半を占める実情も異常である。
日本は本当に独立国なのかと我が目を疑わずにいられない。
最終日の午前、キャンプ・シュワプを参加者が人間の鎖で取り囲み、一人一人の平和への思い、米軍基地撤去の思いを共有した。
平和に対して無関心な人も、この沖縄に来ることが単なる観光目的ではなく住民の日常を阻む基地の実態を知る事から自分にとっての平和とは何かを考えるきっかけとなる事を願いたい。
戦闘機のかっこよさだけではなく、戦闘機一機、空母一台にどれだけの金が使われているのか、国内では釜ヶ崎のような未だにアルミ缶を集め路上生活をされている人たちが大勢いらっしゃる。この矛盾は如何なるものか。
旭区平和委員会の皆さんによる篤いカンパを頂き「日本平和大会in沖縄」に参加できた事を深く感謝します。
ブログ:やんばる東村高江の現状
http://takae.ti-da.net


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