【八木久美子さんの講演】
会社の組織にいて将来を考え、自分の力を試してみるのは今のうちと渡欧しました。
日本とイタリアで就職経験を持った経験から言いますと、日本人のパタンナーのほうが技術的には優秀でしっかりした仕事をしています。
一方イタリア人のパタンナーは
固定概念にとらわれない自由なところがあって「格好よければいいじゃん」というノリから新しい発見や物を生み出してきます。
どちらがいいかということはそれぞれの国の企業事情によりますね。
イタリアの企業に就職して、予想外だったのは人間関係のトラブル。上司と部下の関係であっても、技術者同士の嫉妬に基づくイジメは厳しかった。
イタリアでは、日本のように学校を出てすぐ企業へパタンナーとして就職できるというケースはまれで、たいていの人は貧しい家庭から高校へも行かず縫い子さんとしてスタートし、お金をためて専門学校へ通い資格を取って晴れて服飾パタンナーになれるわけです。
その中から更に一握りの技術者だけがチーフになれるわけですから競争が激しく、自分の立場を脅かす才能への風当たりは厳しい。
出世をあきらめた人は定時きっかりに手を止めてそこから一針も動かしませんが、上を目指している人は定時でも帰らず仕事しています。
社会がそのようにきっぱり分かれています。
とはいえ、仕事では大変勉強になりました。
たとえば、クリッツィアではミラノ郊外に自社工場を持っていて、パタンナーも工場へ出向し、縫製ラインの隣の部屋で仕事するのが基本でした。
イタリアのパタンナーはセコリ方式が多いので、シーチング無しで平面で引ききって、それを裁断へまわし、パタンナーのチーフがチェックしてデザイナーへ最終確認するやり方でした。
日本ではパタンナーとデザイナーの距離が近いですが、イタリアではデザイナーと話が出来るのはチーフだけです。その代わり、縫製現場との距離は近い。
すごく良かったなと思うのは、パターンを作ったものがすぐ横で縫われていて、ちょっと線がおかしかったりすると直ぐ呼びつけられて「ここはおかしい」とか「ここはこうしたほうがいい」とアドバイスをくれたりして、一緒に相談しながら物作りできたことがすごく勉強になりました。
そのときつくづく思ったことは、パターンをやるにしても、縫いを分かって縫えるパタンナーじゃないと、ホントに商品になったときにいい洋服にならない。ホントにいいパタンナーとは言えないんだなと感じました。
次に体験したのがサルト(オートクチュール)の仕事です。
これはインダスタリアーレ(工業用パターン)とは違って、サルトリアーレと呼ばれるパターン作業で、型紙はあくまで最初の叩き台。生地をいじりながら直していくやり方です。
その人たちの、形を作っていく技術の奥深さに触れられた事はありがたかったと思います。
イタリアのアパレル事情は、この量産とサルトの両極に二分して、中途半端な工場はどんどん無くなっています。
量産の中ではいい製品を作る工場、自分達の製品はこうだと主張できる工場だけが残り、語るべきものを持たない工場は廃業かルーマニアなど国外へ移転しています。
それだけに、技術者は求められるとともに厳しく選別されるのがイタリアの現状です。

1