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2018/6/16

訃報:Matt "Guitar" Murphy 1929-2018  ブルース

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Matt "Guitar" Murphy at Long Beach Blues Festival, 1998
(c)Photo by Masahiro Sumori.

ブルース・ギタリスト、マット“ギター”マーフィーが6月15日、亡くなったそうです。ドラマーで彼の甥のフロイド・マーフィーJr.がfacebook上で明らかにしています。88歳でした。フロイドは、マットのソロ作にも参加しており、彼の父親(マットの弟のフロイド・マーフィー、2014年死去)もかつてマットとしのぎを削るように活躍したギタリストでした。
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=1960682273976706&id=100001048568688


マットと言えば、多くの人が映画「ブルース・ブラザーズ」でアレサ・フランクリンの尻に敷かれた亭主役として登場したのがまず思い浮かぶのでは、と思います。僕も初めて彼の存在を知ったのはそれでした。あれは名演技でしたね。彼は続編「ブルース・ブラザーズ2000」にも同じ役で登場し、笑わせてくれました。

個人的には彼の一番印象に残るプレイの数々は、50年代のメンフィス・スリムのレコーディングです。”Every Day I Have The Blues”の作者としても知られるスリムの全盛期ヴィージェイ時代のレコーディングには殆どの曲にマットが参加しているのではないかと思います。ブルースの基本を押さえた素晴らしいプレイの数々を残しています。
中でも好きなのはこれかなあ?



シンプルながらかっこいいですよね。いい音していますよね。

あとは、ジェイムズ・コットン・バンドの70年代の勢いはマットの存在なしには考えられませんね。彼が映っている当時の映像は見つかりませんでしたが、コットンの代表作「100% Cotton」や「Live & On The Move」など、マットがサウンドの要になっていると思います。



僕は彼を初めて見たのは1986年のロングビーチ・ブルース・フェスティヴァルでのギター・ジャムに彼が登場したときでした。彼とジョニー・コープランド、バディ・ガイの三人がジャムを繰り広げたのですが、最初に出てきたマットは、歌も歌って”Kansas City”をやったように記憶しています。歌は全然うまくなかったんですが、ギターを弾き出したら、あまりにも壮絶なプレイでびっくりした覚えがあります。ブルース・ブラザーズでは、ソウル系のナンバーが多く、ブルースっぽいギター・ソロを取る機会自体が少ないのですが、やはりこの人はブルースをやらせると凄い!と思いました。

1989年にはブルース・ブラザーズ・バンドのメンバーとして来日。これが初来日かどうかは知りませんが、僕は渋谷公会堂で見ました。彼の目立つところは少なかったですが、来てくれただけで嬉しかったです。歌は歌いませんでしたが”Thrill Is Gone”で見事なソロも披露しました。

その後ブルース・ブラザーズで何度か来日していますが、2002年に脳卒中で倒れ、活動停止を余儀なくされました。しかし2010年にシカゴ・ブルース・フェスティヴァルに出演し、久々にジェイムズ・コットンと共演しました。翌2011年はライヴ・アルバム「Last Call」をリリースし復活を印象付けましたが、実はこれは1986年録音の秘蔵音源。その後2013年にはクロスローズ・ギター・フェスティヴァルへも出演しましたが、目立った活動は少なく、以後作品が発表されることもありませんでした。

James Cotton Blues Band feat. Matt "Guitar" Murphy
June 11, 2010 Chicago Blues Fest





1960年代のヨーロッパで行われたAmerican Folk Blues Festivalのドキュメンタリー映像でも彼の勇姿を見ることができます。

Matt Murphy - Murphy's Boogie 1963 (live)


素晴らしい職人ギタリストでした。完全復活とはいかないまま他界したことは悔やまれますが、88歳という年齢も考えれば仕方ないのかもしれません。RIP。
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