今日は暑かった。何でも全国で最高気温が35度を超える猛暑日を記録した町がたくさん出たらしい。
暦の上では梅雨真っ盛りのはずやけれど、今年は空梅雨や。これが異常気象かどうかは分からないし、たかだか気象データを取り始めて100年ちょっとで長い長い地球の呼吸なんて分かるわけがない。
普通の人にとって天気はそれほど重要ではないかも知れんけれど、僕は畑で野菜を育てているので、明日の天気や今年の梅雨はどんななのかとかはとても重要な情報になる。
さて、その畑の野菜たちやけれど、空梅雨であるおかげで気温はぐんぐんと上昇し、早くも本格的な収穫を迎え始めている。
キュウリは毎日4本は採れるし、ミニトマトも4つ5つは採れて毎日父親のお弁当のおかずになっている。ナスビも明日初収穫で2つは採れる。それ以外にも2つスタンバイしている状態。
ピーマンも1日1つ、そして今日枝をカメムシにたかられて苦しみながら耐えている枝豆の苗から枝豆を10房ほど収穫した。幸い枝豆自体に被害はなく、茹でて塩を降ってビールでおいしくいただいた。
夏の夕暮れ、縁側で涼みながら、その日採れた野菜を肴にビールを飲む。
キュウリ、焼きナス、トマト、枝豆、シシトウ、ピーマン…。
至福の時である。
きれい事ではなく、本当に心から自然に対して感謝する。
よく自己啓発系の本などに「毎日朝を迎えられることに感謝しなさい」なんてことが書かれていたり、お坊さんと仏教の話をしていてもそういった話がでてきたりする。
僕は畑で無農薬有機栽培の野菜を作っているんやけれど、そういうことに携わっている人間にとって、日々自然に感謝し、平和な朝の到来が幸せであるなんてことはひしひしと感じている。
本で読み意識的にそうせねばと思って行うよりも、汗水垂らして土を耕し野菜の世話をするという経験をすれば、誰でも自然にわき起こる感情やろうと思う。
これだけでも、精神の健常化に役に立って、野菜を作っていて良かったなと思う。
今でこそ畑を始めて5年目を迎える僕やけれど、それ以前は全く興味も関心もなかった。
ファーストフード(特にマクド)を食べないというのは、ええ加減な食材を使っているとかではなく、あくまでイデオロギーとして食べなかっただけやし、極力その土地のものを食べようという考えも保守の考えに根ざしたものでしかなかった。
そんな僕が畑仕事をやるようになったのは、以前の日記でも書いたけれど、アジア横断の旅での経験や。
最近、畑仕事をしながら仏教の因果説や小学生のころにやった職業適正検査みたいなものを思い出していた。
何年生だったか覚えていないんやけれど、いろんな質問に答えて、自分に合った職業が分かるという検査で、僕の結果は農業やった。
毎日日が暮れるまで友達と野球ばっかりして、学校の成績はまるでさっぱりやった当時の僕なんで、母親は「頭を使う職業には付かれへんねやな」なんて言ってた。
当時の担任の先生にとっても同じような感想やったんやろう。まぁ、小学校のころから僕は先生という存在を完全にナメていたから、彼らとの関わりはあまり記憶にない。
なんでナメていたのかは、また後日書こう。
どこにでもいる小学生と同じようにプロ野球選手になりたかった僕にとっても、その結果は大して印象深くなかったし、どうでもええわと思っていた。
最近仏教に触れる機会が増えてきたんやけれど、以前の僕にとって畑をやるようになったのは、あくまで僕がアンテナを張っていて、それなりに本を読んで海外で経験した結果であって、僕がその価値観に行き着いたんやと思っていた。
だけど、同じように旅をした人みんなが畑をやっているわけではない。親戚に農家がいるわけでもない。
それやのにやっているのは、やっぱり何か縁があったんやろうなと最近思う。
明日、学生時代の親友が結婚をする。
お金はなかったけれど、ホンマに多くの時間を一緒に過ごした親友や。
海外に行ったことなんてなかった彼も、今ではバンコク駐在2年目。その前には上海に3年いた。
上海は5度、バンコクは8度行った僕も知らないようなところまでたくさん知って、元気に毎日暮らしている。
奥さんも彼をしっかりとサポートしてくれそうな優しい女性や。
大切な人たちに囲まれて祝福される結婚式。僕はとても大好きや。
いろんな因果で結ばれて、晴れて明日という日を迎えられる。
これもまた感謝であり、そういう幸せな時間を共有させてもらえることにも感謝や。

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