衆院選の前哨戦とも言われている静岡県知事選(18日公示、7月5日投票)が始まる。ちなみに兵庫県知事選も同じ日程やねんけど、民主党の推薦候補がおらず、現職対共産党推薦の新人という図式のため、衆院選の試金石という意味では注目されていない。。。
さて、その静岡県知事選。
民主党候補が一本化できていない状態(一応党推薦は決まったけれど、元同党参議院議員も立候補している)で、この状態ですら千葉市長選のように自民党が敗北するようなことになれば、自民党も大騒ぎやろう。
西松建設の事件以来、少し持ち直していた麻生政権や自民党への支持率も、小沢氏が辞任し鳩山代表に変わったり、西川氏の更迭問題もあったりということで、また下がり始めた。
民主党政権樹立の確率がまた少し高くなったということやろう。
悪い流れやなと思う。
僕は日本の政治をまともにするのは、保守と革新とに分かれた政界再編しかないと考える。
既存の政党である自民党にしても民主党にしても、抽象的な話ではなく、具体的に国防はどうするのか、日米関係は、移民問題は、といったところの話が一本化できていない集団やから、どちらが政権を獲ったところでどんな風にでも日本が変わりうる可能性を秘めている。
それよりも、保守として、あるいは革新として、将来の日本をどう描くのか。
そういったしっかりと芯の分かる集団に分かれてもらわないと、有権者としては判断に困る。
有権者としての判断=投票であるから、その政界再編、あるいは旗印を明らかにすることは必ず選挙前に行ってもらわないといけない。
当選したあとに呉越同舟のような政権ができたんでは、たまったもんではない。
静岡県知事選でショッキングな結果がでて、自民党は内紛し、民主党は興奮し、もうとにもかくにも”政権”という権力を維持することや獲得することにのみ意識や関心や意味やが集中してしまうんではないかと心配になる。
そうなると、冷静な判断が欠落した郵政選挙のようなことになるんやろう。
あの選挙の結果を僕はチベットでインターネットで見たんやけれど、あのショックは今でも覚えている。
不在者投票を済まして、その足で出発し、チベットに着いてしばらくしてから投票日を迎えた。
郵政民営化とか消費税増税とか、個別的限定的な問題について政権を選べるほど政治は単純ではない。
もっと芯の部分で判断するもんや。
こんなことは政治家である人たちは知っているやろう。知っていて敢えてそういう構図に持って行っているんやろう。知らないのはテレビに煽られて熱狂する人々だけや。
”痛みの伴う構造改革”の痛みはまだまだ癒えてへんやろうし、もう衆愚政治は卒業できるかな?あるいは、またしても熱狂してしまい、卒業できすダラダラともう4年間(衆議院の任期)を過ごすという留年生活になるんやろうか。
大学の留年は自己責任やけれど(僕は経験者)、この手の留年は連帯責任やからホント大変や。

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