ドラ絵門こと絵門ゆう子の死については、早速あちこちのブログやBBSでも話題になっているよーですが、メデイアにヒンパンに取り上げられ、社会に対する影響も大きかっただけに、医療メディアウオッチャーとして、彼女の残したものについて考えてみよー。
むかし深夜放送(これだけで年がバレるけど)なんかで、いっちばんキライな投稿コーナーに「こんばんは、さだ(仮名)さん、私のドジを聞いてください」ってよーなのがあった。よーするに、自分の失敗をネタにして、DJからの肯定的反応を求めているわけなんだけど、「私はこんなに弱いんだから攻撃しないで」という、まるで腹を見せてひっくり返っている犬のような女的な媚びがモロ見えで、「ばっかじゃねーの、こいつ」と、聞くたびに怒りのホムラを燃やしてたわけ。
でもって、ドラ絵門の最初の本(題名は忘れたし、確認する気もないけど、民間療法にハマりまくった過程を書いたヤツね)を読んだ時、遠〜〜〜くからその時の記憶が蘇ってきてしまって、気持ちが悪くなっちまったよ。だってあれだけ現実から逃げ回っておいて、母親のトラウマのせいにしているだけで、ガンと正面から向き合う姿勢のカケラもないんだもん。
結局、彼女があの本でやりたかったことは、バリバリの自己肯定。「私ってすごいドジ」とか言って反省してるよーなポーズをとりながら、失敗を「しょーがないよ」と肯定してもらうことしか求めていない、ン十年前(特に秘す)の女子コーセーと同じノリなんだよね。朝日の連載記事を読む限り、主治医の通称・劇団ひとりに対しても、同じよーな態度とってたし。
もちろん、今までガン患者というものが、あまりに否定的にとらえられてきたという問題はある。それに対して、「もっと肯定的に生きよう」という彼女の主張は、ある意味で正しい。
でもそれはあくまで社会的な意味であって、自分の考え(とても思想とはよべませーん)や行動を、何でも肯定するってことじゃないだろーが。このあたりのことについては、実際に彼女と仕事をしたこともある、
志治美世子さんのブログでも紹介されてるけど、ドラ絵門には社会的な視点はなくて、自分のやっていることは、すべて乳ガン患者のためになっているつー程度の、幼稚で素朴な認識しかなかったんじゃーないの?。
乳ガン患者の集まりでの何の内容もないよーなトークや、新聞という公器を使って平気でSL病院の宣伝をしているよーな社会性の無さもそーだけど、NHKのアナウンサーという経験がありながら、メディア観についても、こっちが
思わず頭を抱えちゃうよーな考えしか持っていなかったことも、その表れのよーに思うよ。
ま、その程度の人間の発言が、かつてメディアで活動していたというだけ(としか思えない)の理由で、あれだけくり返し取り上げられたということじたいが、医療をめぐる報道がいかに貧困かという証拠でもあるね。
ちょっと話がずれたけど、この患者の限りなき自己肯定ってヤツは、NHKスペシャルにもあった
「がんは治るのは当たり前、医者は治すのが当たり前」ってゆー考え方と、紙一重なんじゃないんだろーか。こーゆー考え方って、最近あった
福島の小児科医逮捕事件の背景(お産で妊婦が死んだら変死? )にも見られるけど、医者と患者の関係を不幸にしている一因だと思う。いくら医学が進歩したって、病気はなくならないし、人間はいずれ死ぬんですよ。
そーいやドラ絵門も、なんの根拠もない将来を語っていたよなー。それをガン患者一般に対しての希望と感じちゃったりするヤツって、自分とは決して接点のないような内容(たとえば売春や援助交際したあげく中絶した経験をトクトクと語った某有名タレント本とか)のベストセラーを読んでも「主人公の生き方に勇気をもらいました」とかヘーキで言っちゃうヤツとおんなじ精神構造な気がする。あんたのガンはあんたひとりのもんだろーが。メディアに合わせて自己投影してどーすんだよ。
ま、ドラ絵門の生き方は、宮田みのりなんかと相通じる、自分の病気をネタにした「乳ガンタレント」としての生を全うしたと考えればいいんじゃないでしょうか。芸としてはどちらもたいしたことなかったけどね(残した「作品」も含めて)。最凶も乳ガンヌードを発表しちゃうと、そんな扱いされちゃうのかな?。他山の石にしよーっと。
あ、もちろんご冥福はお祈りします。れいっ…はいっ(←これって最近どの葬式でもやるんで、思わず泣き笑いしちゃうよ)
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