講演の中のQ&Aでは、余命告知が話題になった。在宅医療が始まるのは、余命告知からと考えていいよーだ。ホスピスの場合でも、余命告知されていないと入れない場合もあるらしい 。
で、その余命の基準。症状の進んでいるガン患者だったら、すごく気になるところだろう。医師側の目安としては、できる治療がなくなってから六ヶ月くらいとのこと。もちろん、QOLのために早めに無治療をすすめる医師みたいに、治療に対する考え方によっても違うし、ガン転移の場所などの症状にもよるので、一概には言えないよーだけど。
余命告知への不安に対して、井尾医師は「だれにでも余命はある。残された時間をどれだけ有意義にすごすかが大切。ただし、医師がいい加減にしか伝えなければ、いい加減な余命しかない。」と答えていたけど、患者と家族の心理的フォローなしに余命を言い放つだけの医師がいて、言われた患者の余命の過ごし方に大きく影響したってのはよく聞く話だ。なかには、それがショックで自殺しちゃうとか、うつ状態のまま病状が悪くなくても寝たきりとか、いかがわしい治療や宗教にひっかかるとか。死をあくまでも拒否するばかりに、何も楽しい事も充実感もない余命の過ごし方が「いい加減な余命」ってことかな。
よく初発時から緩和が始まるといわれるけど、患者に「最初から自分の終末をイメージしたり、デザインしたりする練習をしておけ」ってことも含まれるんじゃないだろーか。再発したり病状がすすんできたりすると、当然の事ながら、精神的肉体的余裕もなくなり、なかなか考えたり受け入れたりが難しくなるしね。
ただ、このへんは患者の価値観や死生観ともからんでくるので難しい。なかには残された時間が長くないのと患者の性格を考えてか、ダンナには余命告知はされていたけど、本人にはモチベーションを維持するためにあえて伝えず、あまり効果がないのはわかっていても、本人の望む治療を死ぬまで続けていたという人も知ってるし。NHKのガン特集でも、医師から「患者の価値観も重要な医療情報」という意味の発言があったけど、うなずけますねー。
しかし死と向き合う覚悟はあっても、肝心の人や施設がな〜。今ですらホスピスも足りず、在宅で看取る医師も少ないのに、人口の多い団塊世代が看取られる側になった時は、すでに増えてきた外国人ヘルパーはもとより、介護ロボットまでもが必要になるのは、井尾医師も確実と考えているよーだ。まさに
大友克洋の「老人Z」の世界じゃん。でもそれだって、タダで受けられる訳じゃないし。政府がごまかすのに必死な階層化がこれからどんどん進めば、下層の一患者として「死に場所探しや場所作り」を一体どうすればいいのでしょうか?。みんな「自分だけは何とかなる。」なんて思ってやしないでしょうねー。
全国でも在宅専門医は三人しかいなくて、トキより珍しいって司会者が言ってたけど、おんや〜?、日本のトキはとっくに絶滅してるじゃん。ギャグの情報が古いんだよ。ま、トキと同じように絶滅しないで欲しいですね。もっとも中国から来たトキは順調に増えているよーだから、未来は明るいか?。(なんのこっちゃ)
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