129作目です。詰パラ 1963年10月号 発表。「嫦蛾」将棋浪曼集第九十八番
*「嫦蛾」将棋浪曼集第九十八番
13と、同玉、23歩成、同と、同香成、同玉、24歩、13玉、14歩、同玉、25と上、13玉、23歩成、同玉、24と左、同桂、同と、12玉、11と、同玉、21香成、同玉、13桂、11玉、22銀成、同玉、33歩成、11玉、21桂成、同玉、31と、同玉、32と、同成銀、同香成、同玉、33と、41玉、52歩成、同金上、42銀、同金、同と、同玉、43歩成、51玉、52金、同金、同と、同玉、53桂成、61玉、62金、同金、同成桂、同玉、63歩成、71玉、72金、同成桂、A83桂不成、同成銀、72と、同玉、63銀不成、82玉、83と、同玉、74銀打、同歩、同銀不成、93玉、94歩、同玉、85金、93玉、94歩、82玉、73銀不成、91玉、83桂、81玉、82歩、92玉、93歩成、同玉、84金、92玉、91桂成、同玉、81歩成、同玉、72銀不成、91玉、92歩、同玉、83金、91玉、81銀成、同玉、72香成、91玉、82金まで103手詰
キズAで72と同玉83桂成同成銀63銀不成以下の手順前後あり
黒川氏の本当の意味での代表作はこれかもしれない。「落花」も偉大な作品ではあるが、この作品は当時不可能とされていた、小駒煙の第1号局で、詰将棋史に永遠に刻まれる作品である。
ここでは山田修司氏の「嫦蛾に寄せて」(詰パラ97号)を再録して当時の驚きの声を伝えることにしたい。
「今年(38年)の春、上京した際に門脇氏の好意により東京近辺の同好者と一堂に会し楽しい一日を過ごした。
その席上私は、氏から我が身を疑うようなことを聞いた。黒川氏が小駒の煙詰を作ったというのだ。すぐに私は聞き直した。途中大駒が出てくるのでしょうねーと。
ところが氏は違うという。純粋の小駒図式という・・・・・信じられぬ。どう考えても信じられぬ。私は貧血をおこしたときのように軽いめまいを感じた。目の前が暗くなった・・・・・。
「小駒の煙詰−不可能と思う。小駒ばかりでどうして駒が消えるに従い広くなる盤面上の玉をとらえられるか、考える余地なし。」(パラ74号より)煙の鬼才田中鵬看氏の言葉だが氏の言を笑うなかれ、氏だけじゃない、おそらく詰棋作家なら誰もがこう考えていたことであろう。恥ずかしいが私も小駒煙は不可能と信じていた。今だから告白するが、僅かに、途中合駒によって大駒を入手する準小駒図に可能性を見出し将来の看寿賞用のアイデアに・・・・・と考えていたのであった。だから門脇氏に聞き直した。先手を打たれちまったか!と思ったのだ。
しかし半信半疑で見せてもらった一局はまぎれもない小駒だけの煙り詰だった。小さな駒々が織りなす怪しい色彩。カラコロと消えてゆく駒の背後に作者黒川氏の顔が見える。
古今の詰棋を乱読し大抵の詰め物には不感症になっていた私だがこの時いいようのない感動におそわれた。一種の戦慄感すらも。それは若かりし頃、あこがれの図巧を入手し、それをひもといた時の感激の再現であった。誰もが不可能と思いかえりみなかったことが実現した。奇跡が目の前にある−。
詰棋史上不滅の金字塔をうちたてた黒川氏に無条件脱帽し、心からお祝いの言葉を贈りたい。黒川さんおめでとう・・・・・と。」
私には付け加えることは全くない。傑作としか言いようが無い。今回手順前後のキズを見つけましたが、これこそ重箱の角を突付くというものです。

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