注:このエントリは、自分がプログラマーであることから、かなり偏った見方になっている恐れがあります。
『
インド人がやった方が儲かることは、インド人にやらせればいいじゃん。』
わかりやすい目安を挙げるなら、日本の一人当たりGDPは、インドの50倍を超えます。もちろんインドで情報サービス産業に携わる者は、平均よりは高い賃金を稼いではいるでしょうけれども、乱暴に言えば日本人ひとりでインド人50人以上の働きができるようにならなければ、絶対優位にすら立てません。現に比較優位にある産業においては、それ以上の差をつけているわけですから、実際に日本でそれを比較優位にしようとするならば、さらに上を目指す必要があります。おそらくは、自動プログラミングソフトでも開発しないことには、達成できないとwebmasterは考えます。
実はコメント欄の以下の意見の方が、かなり酷い無知・無理解が現れているのですが、「コーダーなんか誰が見ても非効率でしょう。前時代的な開発をしているところ以外にはいないのでは?私はコーダーなんか見たことがありません。」とだけ書いておきます。
日本のソフト的な産業ではアニメや漫画のような知的創作物に比較優位があるわけで、ソフトウェア産業みたいな作業系は別に真剣にやらなくても良いのではないかと思ったりして。
私はここで言われている「情報サービス産業」が何を指すのかいまいち掴めないのですが、おそらく私のようなプログラマーが活躍するはずの場のことだと思われます。
始めに結論を言えばGDP比較は無意味ではないが、あまりにも乱暴すぎて言葉をなくすということです。
「
404 Blog Not Found ソフトウェアの競争力は誰に宿るか」で小飼弾氏は、個人のスキルの問題を見ている。
何が間違っているといったら、主語が間違っている。「日本人かインド人か」ではないのだ。この主語は実は個人名でしかありえない。
しかし、私は今回の話では本質的な問題だとは思いません。GDP比1:50のインド人にもスキルの高い人はいるだろうからです(歴史を見ると日本人より遥かに高スキルの人が沢山でてくるんじゃないかと脅威に思います)。同じスキルならやはり、「インド人(のスキルの高い人)の方が低コストだしいいんじゃないの?」となってしまうでしょう。
私が明確に考慮から抜け落ちていると思うのは、日本人が使いたいソフト・アプリ・サービスを作るのならば、作る側も日本人である必要があるということです。少なくとも今は。
もちろん、扱う言語が違う事によるコミュニケーションの問題も無いわけではないですが、それはそんなに大きな問題ではないでしょう。
最近のスピードが重視される開発では、昔の典型的なウォーターフォール型開発のようなヘヴィー・ウェイトな開発は現実的に不可能です。そのため、近年仕様書はどんどんゆるくなっています。仕様をがっちり作るだけの時間がないからです。
日本のアプリケーションは、海外のもの(私の知っている英語圏)とは結構な差があります。そのため、がっちりした仕様の存在しないために必ず存在する「そこら辺は適当にやっておいて」に海外のプログラマーは対応できません。驚くほど全く使えないのです。そんな指示が通用するのは日本人にだけです。
#いや、現場を知らない方には仕様が存在しないということすら驚きかもしれませんが(笑)
この影響はかなり大きく、インド人と日本人技術者のスキルが「全く同じでも」、その成果物で評価すれば、結構な差が出るのは目に見えています。
また、私は日本と中国とアメリカの例しか知りませんが、海外のプログラマーは非常にドライです。「がんばればできないことはない」といったレベルの問題であれば「できません」という返答が返ってきます。
現在の日本のプログラマーは、そういった問題の場合は自分の身を削ってなんとかしてしまいます。成果物に現れる効果とがんばりが釣り合わなくても(ここ自虐的)。
ここら辺は仕事の発注者の意識改革で、日本人らしくないドライさを十分に発揮しない限り解決できないと思います。
ここら辺の問題はものすごく奥が深いのですが、こういった枝葉末節に分類されるような問題が、製品の品質と総開発コストに顕著に現れてしまいます。信じられないかもしれませんが、現場を見ていれば数十倍の差になってしまっても全く驚くことはないでしょう。
プログラマーの技術力に全く差がなくともです。特に品質については、倍率で比較することはできませんから、より深刻かもしれませんね。
ここ最近私の会社に仕事をくれた2つの大手家電メーカーが、プログラマーコストの低い中国とかに仕事を出して結果的に安くなく品質の悪いソフトウェアを手にし、「失敗した」と言っていたりするのも、そこら辺の事情が大きく影響しているはずです。

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