去年の年末の個展後に東京中心に画材仕入れに歩き廻ったのだが第一目的は今後長くつきあうことが出来そうな良さげな筆を選び仕入れることだった。10年近く使ってきた筆が廃盤になってしまったのだ。
廃盤になった筆は安い割りに筆先の精度が素晴らしく良く腰もあり、なにより安いモノだから筆先があまくなったら惜しげもなく自身のセコサを感じさせず新品に交換できる気軽さを僕に与えてくれていた所がこの筆の一番の素晴らしさだった。
これぞ!と思い仕入れた何種類かの筆を仕事初めから、実戦で試してみた。いやぁ〜どれもこれもシクッリこない。10年という歳月は長い、浮気もせず、しかもほぼ毎日の10年間だ。すっかり知らない間に昔の筆に飼い馴らされてしまっていた。そういう体になっていた、いや、そういう手になっていた。
いつまでも昔の筆を引きずっていてもいけない、泣いちゃいけない、前に進めない。違和感を感じながらも中でも比較的相性の良さそうな新しい筆選び、それに添う気持で描いていこうと意識して約一ヶ月。いつしか違和感を感じることも減り、頑張って筆に合せていこうと意識も無くなり自然に馴染んできたという感じがここ数日前からの実感。
使っていて気が付いたが筆の寿命も二倍に延びた感じだが、値段が4倍になったので高等数学で計算すると相対的に実質値段は2倍になったことになる。でもこれくらいならまだまだ手軽に交換できる。
ここまで書いていて思いだしたのだがアマチュア時代から画家駆け出しの頃の方が目茶目茶高い筆を使っていた。モノを知らないものだから高い筆じゃないと細い線が引けないという強迫観念があった。今考えると良くぞまぁ金も無かったのに筆贅沢してたもんだと感心する。セーブルだイタチだと天然毛で高いから良いというものじゃなくて自分の描きたいタッチが出るものが安かろうが高かろうが良いのである。でもそれに辿りつくまでやっぱり色々試す必要があるし、最高といわれるものも試してみないと『最高』の良さと程度知らずに良いも悪いも語れないので高い筆を使うことも授業料ってことなのかもしんない。

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