※素人小説です。
※まとめたらもっと短くなるかもしれません。
[ 88 ]
照明で輝くステージを、中央まで歩く中、それを見た。いや、見せ付けられた、という方が、より心情を正確に表しているかもしれない。
それは、真っ暗な映画館の中で、唯一つ明るいスクリーンのように、まるで周囲から切り取られたような空間だった。
闇音アクは、壇上から見渡す光景に、思わず息を呑んだ。ただ、圧倒されて、そして演奏が終わってしばらくしてから、そのように回想した。
各自がポジションに着く。サイは余裕を保っていたが、それ以外は緊張した面持ちだった。アク自身も、顔面が硬直しているのを自覚する。
立ち並ぶ少女たちのセンターにあるミクの姿を確かめて、観客達はどよめく。初音ミクと同じ容姿を持つ少女が、今再び、こうして観衆の前に立っている。それは、あたかも夢を見せられているような、あの感覚に近いものがある。無理もない、とアクは、どこか他人事のように、頭の片隅でぼんやりと考える。
美しく透明感のある黒髪を、大きく二つに束ね、またその身を着飾るコスチュームも、初音ミクのそれを意識したデザインにしてある。普段、彼女は、意識して初音ミクをイメージさせる姿を『避けている』。大きな丸眼鏡、長い髪は下の方でリボンでまとめただけの、地味な姿を装っている。
彼女自身や、ネルの語るところによれば、以前はむしろ進んで初音ミクに似せていたらしいが、アクはその当時のことをよく知らない。それでも、彼女は初音ミクによくよくそっくりだと、思っていた。
だが――と、かぶりを振る。こうして、積極的に初音ミクに近づいた姿を眺めると、微妙な違和感があるように、感じられる。おそらく、それはこうして彼女を眼前にしている観客ら――そういえば、一体この会場には何人がひしめいているのだろう――わずかな間、思考が横にそれたが、すぐに忘れた――もまた、同様に違和感を抱いているに違いない。
ただ、アクと彼らの間に差異があるとすれば、それは平時の彼女を、『羽衣未来』を知っているかどうか、という点だろう。当たり前のことだが、彼らは平時の彼女を知らない。知る由もあるまい。半ば侮蔑的にアクは考える。だからこそ、思考がそこまでたどり着かない。そのため、自分たちが抱いている違和感にさえ気が付かない。だから、そっくりであると思い込んでいる彼女、雑音ミクと初音ミクとの違いの無さに、ある種不気味な好奇心を覚えるのだろう。
不思議なほどに、この時のアクはミクに対して、強い共感を覚えていた。根っこが似たもの同士なのだろうか。そう言えば、自分も子供っぽく見られたいと思って髪形をツーテールにしていた時期も、彼女と似たような考え方をしていたような気がする。そんな事を漠然と思い出した。
――ここまで、アクは一瞬でこの思考を巡らせ終えた。と言っても、ここまで理路整然としたものではなく、それぞれの事柄がほぼ同時に、バラバラに頭の中を駆け巡っていた。その想いを伝わるように記述するとこうなる、というだけである。
アクを含む全員が、この異様な光景に圧倒されていると、ミクはすっと前に出て、マイクを前に止まった。知らず、喉が鳴った。乾いている。妙に生々しい感触。
「はじめまして」ミクが静かにしゃべると、きん、と甲高い音が鳴った。その音が、ばかに大きく聞こえた気がした。「アタシたちは、『DERIVATION』っていうバンドです。ライブハウスなんかで、何度か演奏してるので、ひょっとしたら知っている人がいるかもだけど、もう一度、はじめまして」
胸の鼓動が止まったような思いだった。あるいは激しく打っているのか。そのどちらともつかないような、不安に苛まれる。ハラハラしながら、彼女らはただ一点を見つめていた。
そんな想いを知ってか知らずか、ミクは構わず、落ち着きばらってMCを続ける。
「えっと……アタシだけ、去年の暮れの初音ミクのクリスマスライブで、歌ったこともあります。ご存知ですか?」
会場のざわめきが大きくなった。
「あの日まで、アタシはあのコと顔を合わせたことはありませんでした。勿論、アタシはあのコのことを知ってましたけど、向こうは知りませんでした。アタシがああして、あの場で歌ったのは、本当に偶然な出来事でした。
……アタシとあのコを引き合わせてくれた、ひとりの女の子がいます。アタシが大好きな、憧れのセンパイです。このバンドを立ち上げた時も、彼女はいました。でも、今、この中に彼女の姿はありません」
後半の言葉に、アクはギクリとする。頬を伝って流れる汗は、照明の熱さからなのか? ちらと舞台袖に目をやると、ネルとハク、それに愛しの従妹が、固唾を呑んで見守っている。
すぅ、とミクは一息付く。次に言葉を繋ぐまでの時間が、アクにはひどく長く感じられた。
「それともう一人、このバンドの発起人の女性がいました。アタシたちの間では、ねーさんって慕われてる人です。その人も今はこの中にいません」
アクは叫びたかった。ただ、何を叫べばいいのか、わからなかったし、そもそも声が出なかった。口がぱくぱくと、金魚のように開くだけだった。ライブハウスでの演奏の際は、MCも冗談まじりで流暢にこなしたアクだが、やはりステージの魔力というものが確かにあるのだと、実感せずにはいられない。そうしている間にも、ミクは語り続ける。その語りが徐々に熱を持つのに反比例するかのように、観客たちのざわめきはいつしか消えて、静かになっている。
「……でも、アタシたちの間にあった想い出が消えない限り、絆が断ち切られない限り、アタシたちとあの二人は、やっぱり今でも同じバンドのメンバーだって思います。
……ちょっと長くなりすぎましたね。最後に、あの二人に、そして初音ミクに、それから皆さんに、お願いがあります。どうか、アタシたちに大切な時間を分けてください。そして、聴いてください。アタシたちの歌、アタシたちの演奏、アタシたちの音楽、アタシたちがこれまで積み重ねてきた、たっくさんの事をッ!!」
最後の言葉を聞いたとき、アクの心は不覚にも震えた。終始、圧倒されていただけのアクは、その瞬間にハッとさせられた。冷水をあびせられたような、衝撃。そして、不思議な位落ち着いている自分を発見して、驚く。
(あぁ、これは……いつもの程度の緊張感だな)
心地よい緊張が、心を締め付ける。さぁ、やってやるぞ、という、あの奮い立つ感情が、今アクの中に火種を受けて燃え上がるのを、自覚する。
MCは一時間も続いていたように思われた。実際は二分かそこらだったのだろう。まだ、与えられた時間は充分にある。
「さぁ、いこうッ!」
ミクの合図で、演奏が始まった。
[ 続く ]

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