2016/9/3
「『隅井孝雄のメディアウォッチ』評」
「図書新聞」書評
隅井孝雄 著
『隅井孝雄のメディアウォッチ――3・11から安保法制まで』
リベルタ出版刊 15.12.11 四六判 256頁 本体1800円
多くの人たちが新聞やテレビなどのニュース報道に対し、疑義を抱きながらも、それなりに受容して来たといえるはずだ。だが報道される事象と自分たちの認識との決定的な陥穽の露出に遭遇したのは、やはり、3.11以後のことのような気がする。原発事故報道や、被災地をめぐるその後の報道、そして民主党政権の自壊(政権成立の功労者、鳩山由紀夫と小沢一郎を検察権力に売り渡した菅、野田の裏切りは、その最たるものだ)によって誕生させてしまった第二次安倍政権によるNHKをはじめとして大手メディアをコントロール下に置く現在までを考えてみれば、事態は明白だ。
「2011年以降、私は人々の間にメディアについての関心が強まっていることを実感している。メディアについて話を聞きたいという依頼が増えたからである。人々のメディアへの関心と批判は、その後拡大し続けている。この間の流れを跡付けることを試みたのが本書である。」
このように述べる著者は、58年から99年まで、日本テレビに在職し、編成部・広報部などを経て報道局外報記者となり、後に日本テレビのアメリカ法人会社社長などを歴任、つまり大手メディアで活動していたジャーナリストである。だからこそ、わたしのように、偏屈にしかも偏狭にメディアの世界を見通すのではなく、開かれたかたちで視線を広げていく場所というものを措定できるのだと本書を読みながら、まず、感じたことだった。「『国歌』とはいったい何なのか」という項目では、次のように記していく。
「米国では至るところに星条旗がはためき、さまざまな行事で国歌が歌われる。大リーグでもアメリカンフットボールでも、観客は全員が起立して胸に手をあてて歌う。しかしその行為は法律で定められ、強制されたものではない。国旗に敬礼しなかったことを理由に退学になった女子生徒の起こした『バーネット裁判』で1943年、連邦最高裁は『強制は憲法修正1条の目的である知性と精神の領域を侵している』として違憲判決を出した。また『国歌吹奏の中で、星条旗が掲揚されるとき、立とうが座っていようが、個人の自由である』という判決もある(略)。ベトナム反戦運動あるいは世界的な反米行動などの中で、アメリカ国旗が踏みにじられ、あるいは燃やされるということもあった。こうした行為を処罰の対象にしようとする動きに対しアメリカ最高裁は次々に違憲の決定を出した。(略)私はかつてアメリカに滞在していた間、アメリカ国歌斉唱を数多く体験した。歌詞も英語で覚え、あまりまごつかずに歌うことができるようにもした。しかし『君が代』と同じような居心地の悪さは最後まで消えなかった。(略)敵との激しい戦い、死を賭した愛国の精神、過去の栄光の歴史への賛美、あるいは君主への憧憬などが国歌の本質なのかも知れない。国歌の中に国家主義があふれ、その亡霊がいまだに世界を徘徊している。」
初出の掲載時は、11年9月である。橋下知事時代の大阪府議会による「君が代起立条例」可決に際しての著者の考え方が述べられたものだ。わたしには、原発(核)の問題も、改憲、安保法制も、日本国がアメリカと一蓮托生の同盟国となるための方途だと思われる。他国にたいしては覇権主義的な帝国として屹立するアメリカは、国内的な法的運用では、日本と違い政治的イデオロギーに規制されることがないことをここでは示されている。このアンビバレンツな事態を安倍政権は理解することなく、「国家主義」を猪突猛進していることになるのだ。著者は、15年4月29日の「安倍首相の米議会での演説」に触れて、「演説は必要以上にアメリカに寄り添う姿勢が目立った。大戦中の40万人とも言われる米兵戦死者に哀悼の意を表したのはよいとして、アジアについては『Deep Remores』(深い悔恨)と発言したものの、『侵略への反省、謝罪』がなく、さらには『従軍慰安婦』という言葉自体も口にすることはなかった」と述べている。さらに、「日本のメディアはおおむね好意的に論評した」が、アメリカメデイアでは、「ニュースで扱われることはほとんどなかった」が、「ニューヨーク・タイムス」は、「戦後70年目の節目、敵国であったアメリカとの安定強調を望むなら、アジアでの侵略の歴史を書き換えるのではなく、率直に謝罪する必要がある」という事前の記事を掲載して「『警告』を発した」と著者は紹介している。戦時中、大本営発表をそのまま垂れ流して、大多数の民衆を惑わしていた新聞メディアは、結局、現在も、強大な権力の前では、番犬のようになっていくということだ。残念ながら、拡大し続けていく「メディアへの関心と批判」に対する著者の懸念は、これからも歯止めがきかず泥沼のような空間を彷徨い続けていくことになるようだ。
(「図書新聞」16.9.10号)

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投稿者: munechika
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