西川重則 著
『教科書に書かれなかった戦争PART51
有事法制下の靖国神社――国会傍聴10年、わたしが見たこと聞いたこと』
(梨の木舎 09.2.11刊 A5判 214頁 定価2000円+税)
著者は、キリスト者の立場から、靖国神社国営化反対運動に長く関わってきた。この間、「国会の現状・方向性を直接しっかりと見つめ、課題を考え、訴えるもうひとつの歴史の証言のための運動」として国会傍聴を続けてきた。そして次のような感慨を著者は記す。
「国会傍聴を続ける私は、歴史の事実に学ぶことが、もっとも重要であると思っている。(略)国会の審議で最も重要視すべきことは、主観的な歴史認識が先行しており、歴史の事実に基づかない質疑・答弁であり、国会とは何かを問わざるを得ないのが現状である。多数派による悪しき数の論理が優先し、首相が選ばれ、委員長が職権を乱用する国会であるかぎり、日本国憲法に基づく本来の憲法政治の責任課題を果たすことはあり得ない。」(「あとがき」)
思えば、安倍晋三元首相は“戦後レジームからの脱却”を謳い文句に、小泉郵政選挙による圧倒的多数の議席を背景に、次々と法案を強行採決で可決していった(メディアは、重要法案以外、ほとんど批判報道することがなかった)。極めつけは憲法改正を念頭に置いた国民投票法の可決、発布だ。だが、07年の参議院選挙で自民党惨敗、自公過半数割れの事態に、安倍は、なすすべもなく首相の座を投げ出し、引き継いだ福田康夫もアフガン補給支援特措法延長の強行をしながらも一年あまりで政権を放棄し、続く麻生太郎は、まさしく現況通りの退廃状態を露呈している。わたしは、ここ数年、機会がある限りテレビでの国会中継を見ることにしているのだが、だんだん、実質性の欠ける空疎な論戦の場となってきていることが感じられ、見ているだけで暗澹たる思いになってきている(なるべく解散を先送りしたい思惑が自公政権にはあるからだ)。つまり、07年の参議院選挙以前は、強引な国会運営が可能であったため、次々と法案を上程し審議も簡略し、法案可決へとスケジュール化できていた自公政権だったが、福田から麻生の政権は、数年前までの強行採決を糊塗しながら、ただたんに、参議院での審議状況の遅滞に対し議会制民主主義に反するとして野党批判するだけで実質審議を忌避しているというのが、実態なのである。彼ら(自公)がいう議会制民主主義が聞いて呆れるといわざるをえない。
本書は、著者が「全力を傾けて」国会を傍聴してきた十年間の記録(レポート)をまとめたものだ。それは小渕政権から現麻生政権までの時間幅を持って、確実にわが国の戦後体制が大きく改変してきた時期にあたっている。この十年間の改変の最たる象徴は、著者に倣っていえば、小泉政権時の靖国参拝の公然化と、九条理念とまったく反意する有事法案の成立ということになる。
歴代の自民党政権は、確かに政治的・軍事的な面では、常にアメリカ従属を嬉々として来たが、それでも経済的には保護政策を採りつづけて来て、どうにか国内の経済システムのバランスを維持してきたといえる。しかし、小泉―竹中ラインは、規制緩和を旗印に市場開放という名目で、一気にグローバル企業への全面的な経済的身売りを推し進め、わが国の雇用・労働情況を劣悪化させ、文字通りの格差拡大を生じさせたのだ。もちろん、政治的・軍事的従属はさらに徹底化されたのはいうまでもない。小泉以後の現政権まですべてが、レームダック状態になっているのは、帝国アメリカの包括のなかに入り込んで身動きできない状態になっているからだ。経済不況は起こるべくして起きたというしかない。
著者の国会へのフォーカスは、当然、天皇の神社「靖国」を軸に展開していく。直近でいえば現職の自衛隊幹部による十五年戦争総括の錯誤性も含め、「靖国」を戦没者“慰霊”のための空間にしたいのは、わが国の戦争行為の正当性(それは、同時に天皇制の正当性をも意味する)を公然化したいだけなのだといっていいと思う。
「『慰霊』は、単に『死者の霊を慰める』という意味にとどまらず、日本の侵略・加害の歴史にあって、『英霊』とされ、靖国神社の『祭神』とされた戦没者の功績を永遠に顕彰するために、天皇の神社、靖国神社において使用される神社神道的な宗教用語である。(略)とくに(略)『満州事変』(略)以降、日本の敗戦(略)に至る長期の戦争にあって、『慰霊』の言葉が普及し、盛んに使用されたことは歴史的事実となっている。」(73〜74P)
ここで述べていることは、国会の場やあらゆる言論空間の論議で、公然と「慰霊」という言葉が乱舞することへの激しい憤りを抱く著者の論拠である。どんな理不尽な死に方をしたとしても、死者はすべからく、死者でしかない。戦死であったからとして、「英霊」とするのは、笑止なことだといえる。例え、兵士であったとしても、それは国家犯罪の犠牲者だということを忘れてはならない。
靖国神社を国家護持にするという「戦後最大の悪法と言われた靖国神社法案」が、74年に審議未了で廃案になったとはいえ、それに連動した動きが依然、潜在下にあることを著者は、国会傍聴を通して、さらに危惧し続けていくことになったといえる。
だからこそ、歴史的捏造によって十五年戦争回帰していくことの波動を、絶対に阻止しなければならないのは、自明のことなのだ。
(「図書新聞」09.5.9号)

0