いろんな人はいろんな価値判断を持っていると言うことに、私自身それについてまったく異論はないけど・・・けどである。大きく言えば共通の価値なるものを持たないと人間は社会は作れない。動物でも社会があるし、それには絶対なるルールが暗黙の中で出来上がっている。猿の群れにも序列がある。自然界なら非常に簡単な弱肉強食とルールがある。しかし、その動物たちの中にも「家族」と言う集まりがあり、自然と連動してルールがある。しかも、個としての理解を超えたところにある。なぜだろう・・・当然他の生き物との共存しているからであることは直ぐに分かる。ただ一種の生き物しか無いのならたった一つの価値判断で充分だと思う。
私たちの住む星は、様々な生き物を育んで来た。自然の法則なども知らなくても適合と言う方法で「命」を繋いできた。そんな中で、人類として誕生したのが人間であると言われている。(断定しても良いのですが、自分で研究したので無いから、人の受け売りと言えば受け売りなので・・・)その人間がそれぞれに文明を持ち文化を築いてきた。生み出されたものが文化であり、一つの集まりが広がりを見せることによってより大きな社会が造られた。その中でルールがあり、価値なるものが創造されてきた。本来の価値とは違うと思しきものも受け取る側の基準で判断されていろんな物が出来上がった。
これは、あくまで前提を言っているので、本題はこれからである。ただ言えることは、過去からの続きであり、未来は今の続きであると言う事実は変わらないと思う。過去を変更することなど出来ない。しかし、有り難いと言うか人間には「学ぶ」と言う素晴らしき行為がある。過去から学び今を生き、そしてそれが未来へと続く。自分のなした行為は変更出来ない。でも・・・今からその生き方を変更するかしないかは、今「決める」ことが出来る。そのことを考えたとき、その人の持つ「価値判断」が大事なのでは無いだろうか。
その為には、多くの人々や自然や動物たちと触れあい、社会を広げていかなければならない。当然として、それぞれの社会には、作り上げてきたものがあり、ルールがある。それをしっかりとした法と言うものに置き換えて繋いでいかなければならないと思う。自己のルールから出発したとしてもだ。広がりを持つことによって「法」を基準としなければ、動物と同じで「パワー」勝負になってしまう。バランスと言うものを持たないといけないことは、誰にでも理解出来る。
さぁ、今日はここまでに・・・「何が言いたかったんだろう・・」と思いつつ書いて見た。bykyojune

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