「『殺意を秘めた天使』☆☆☆☆ 中島 河太郎&権田 萬治 編」
ミステリ&書籍全般
これは<日本代表ミステリー選集>として角川文庫から出版されたアンソロジーの第8集で、戦後発表されたミステリ短編から90人の作家による120編を選び全12巻に編集したものです(本書は初版が昭和51年1月)。120編で12冊なのに本書収録は11編。奥が深い。冗談はさておき、これはという数編を紹介します。
『蔵を開く』香住 春吾
手紙を読んだ爺さんはびっくり仰天! なんと東京の若旦那が、土蔵の道具の目録が出てきたから整理に帰るといってきたのだ。しかし土蔵の中身は博打の穴埋めに売っ払ってすっからかん。進退窮まった爺さんは婆さんと無い知恵を絞るが・・・。
そもそも本書を古本屋で購入したのは、この作品が入っていたから。以前読んだ『探偵くらぶ』という全3冊のアンソロジーで、この1編は選べませんでしたが2編選ぶなら渡辺啓助先生の『魔女物語』と香住先生の『米を盗む』でした。以来代表作としてあげられることのある本編が気になっていました。結論から言うと、傑作です。ただし『米を〜』には僅かに及ばないかと。作者の一番の持ち味であるユーモラスな語り口が、田舎暮らしの小賢しい爺さんと頭の弱い婆さんに完璧にマッチしています。ラストのミステリとしての謎解きが余計なものに感じるぐらいに。
『発狂者』永瀬 三吾
中国・天津。支那事変の後、経済封鎖にあう中、30年来の豪雨により水没の危機にあった。新聞社員の志賀は妻の由利子を溺愛し、社内に軟禁状態にしていた。由利子は夫の嫉妬と暴力に耐えながらも、断酒を守っていることに安堵を感じていた。そしてある日、街の堤防がついに決壊する。
後述の『指輪』『朱色』と並ぶ、本書の掘り出し物三羽烏の1編。これにはびっくりしました。レンデルやハイスミスを思わせる心理サスペンスが、水没した中国の街を舞台に繰り広げられるという組み合わせが凄い。ラストが少し弱い気がしますが、一読忘れ難い傑作。日本探偵作家クラブ賞を受賞した短編『売国奴』を急に読みたくなりました。
『ネンゴ・ネンゴ』香山 滋
寂れた港町で連続して起きた食料のこそ泥を追っていたM刑事は目の不自由な老婆に出会う。そして、彼女と息子の辿った恐ろしい話を聞かされる。
香山先生は一般的にはやはり”ゴジラ”の生みの親として有名なのでしょうが、異形のものの登場する話になると俄然筆が冴えます。本編でもそれは変わらず、彼等の悲しみを湛えた物語が展開されます。本編が気に入る方は他の短編も読みたくなること必至です。
『指輪』有吉 佐和子
畑違いの推理小説の依頼を断りそこねた作家・有吉佐和子は事の次第を親友の千代子に話して聞かせる。千代子は話のタネをあげるといって結婚指輪を外して置いていく。数日後、有吉は千代子の死を聞かされた。
『恍惚の人』で有名な有吉先生にこのような作品があったとは。メタフィクショナルな設定を用い、1個の指輪からさまざまな推理をめぐらせて親友の死の真相、ある人物の悪意へと辿り着くまでがミステリとして実に良く出来ています。しかし本編が傑作なのはその後、真相にたどり着いた後の3頁にあります。人間の業を見せ付ける鮮やかな幕切れ。最後の1行「ええ、帰りましょうね」の一言は忘れそうもありません。
『朱色』楠田 匡介
警察の番記者・乾は間違って取った電話で世間を騒がしている殺人事件の特ダネを知り現場へと向かう。その射殺事件は一見単純にみえたが、裏そのまた裏があったのだ。
『朱色』で”バーミリオン”と読ませます。楠田先生はもともとトリッキーな作風で知られていますが、本編はその特徴がよくあらわれています。短い中で二転三転、ぎゅうぎゅうに詰め込んだために雑多でちょっとキッチュな印象さえ受けます(ちょっと海野十三の帆村荘六ものを思わせます)。傑作ではありませんが思わぬ拾い物といった1編。
なかには『尾行者の証言』のようなその作家にとっても凡作と思われる作品も若干はありますが、昭和三十年代を中心とした、他ではあまり読めない作品を集めた好著です。古書店で見かけた際は是非。