北朝鮮で金正日総書記の哀悼期間が続く中、当局が住民に度重なる弔問を強要し住民から不満が出ている、と産経新聞の記事にある。同記事によると、「工場や企業ごとに弔問時間が決められ、住民らは1日に2回ずつ弔問所を訪れて1時間にわたり泣くよう強いられている」という。
更に、「公安機関の国家安全保衛部が弔問所を見張り、泣いていない人がいると呼び出して『不誠実だ』『何のために来ているんだ』などと詰問するため、訪問するのが怖いと説明。家族内では哀悼期間が早く終わってほしいと露骨に不平を言っている」と記事は続く。おかしな話である。
日本にだって、一般的に、喜んで弔問や通夜、葬儀、告別式に参列する人などいまい。親戚の葬儀でさえ長いお経にはうんざりするものである。私の祖母の葬式でも創価学会のいわゆる「学会葬(創価学会では「友人葬」と呼んでいる)だったので、何度も勤行を繰り返されて辟易した。
それの善し悪しは別にして、やはり葬儀には我慢を強いられる一面がある。誰からも金正日の死を悼んでいる様子が窺えないとしても、だからといってそれを「ざまぁーみろ」的に報じる産経新聞はどうなのか。外国ではどうなのか知らないが、その露骨さは決して日本的とは言えない。
この記事を読んで違和感を覚える国民はいないのだろうか。まさか日本には金正日死去の報に接して露骨に喜んだ国民などいないと信じるが、もしもいたとしたら、それがたとえ拉致被害者のご家族であっても失望感を禁じ得ない。ここは日本だ。外国ならいざ知らず、ここは日本である。

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