久々の更新。久々にも程がある、という声がどこからか聞こえてきそうな程にブログを放置してしまった。最後の日記は(「日記」と呼べるようなブログではないが)、ちょうど5ヶ月前。ブログを楽しみにしています、と言って下さる方々にだけは大変申し訳なく思っています。
右翼民族派にとってこれからどんな環境の変化が訪れるのか、それを危惧する言葉、或いは、その不安に対するご自身の決意表明などをこのところよく耳にするようになった。確かに、右翼民族派に対する世間の風当たりは冷たい。しかし、だからこそ私は活動してきたのである。
私には「本当の右翼の在り方」というのがよく判らない。私がこの活動に参加するようになって、どれほど「本当の右翼ってのはね」なんて話を聞かされたことか。正直、ウンザリした時期もあった。しかも、それを説いていた人々の多くが今は所在不明…。笑い話にもならない。
東日本大震災の発生後、全世界に支援の輪が広がり、様々な形の支援が被災地に届けられた。お金の有る無しに関わらず、障害者だって支援の手を差し伸べた。「歌うことしかできません」というミュージシャンは被災者に向けて心を込めて歌った。いろんな支援の形があった。
それでいいのである。「本当の復興支援の在り方」を説く前に、自分にできることを精一杯やればいい。私たち右翼民族派も「祖国復興」みたいなことを口にするなら、「本当の右翼の在り方」なんてのを説く前に、自分にできることを精一杯やればいい。私は個人的にそう思う。
政治家はみんな左翼っぽいし、それに従う警察は無情だし、右翼民族派にとってはもっともっと大変な時代になってゆくのだろうと思う。でも、大変だから何なのか。「大変」とは「大きく変わる」ことである。時代が大きく変わったなら私も大きく変わればいい。簡単な話だ。
尊皇と順応。これのどちらかが欠けたら淘汰されるまでである。

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