■警察官の盗撮相次ぐ=町田、横浜市で―神奈川県警
「神奈川県警の男性警察官2人が、女性を盗撮したとして逮捕されたり、事情聴取されたりしていたことが8日、県警への取材で分かった。県警によると、厚木署巡査部長の鈴木健一容疑者(29)は7日、東京都町田市のJR町田駅近くの量販店のエスカレーターで、女子高校生のスカートの中を携帯電話のカメラで盗撮しようとしたとして、東京都迷惑防止条例違反容疑で警視庁に現行犯逮捕された。また逗子署の巡査(27)は5日、横浜市内のJR線の電車内で、座っていた女性のスカート内をビデオカメラで盗撮したとして、県迷惑防止条例違反容疑で事情聴取を受けた。県警によると、巡査は『盗撮行為をしたことは間違いない』と認めているという」(7/8付け・時事通信社)
以前も何度か同じようなことを書いたと記憶しているが、どうしても私には理解できないことがいくつかあって、その中の一つ、「なぜ女子中高生の制服のスカートの丈を短くすることが許されているのか」という疑問は未だ解消できないでいる。
その昔は、長ラン、ドカン、長いスカート等々があった。制服の改造は非行の証しだった。というか、「私はグレています」、「大人に反抗しています」というアピールだった。つまり、制服の改造はダメ、ということは本人たちも知っていたのである。
それがいつの間にやら当たり前になった。制服は「教育の基本は強制」であることを象徴するものと私は解釈している。義務教育はもちろんのこと、高校や大学、専門学校であっても、そこに通って師に教えを乞うなら指示に従うのは当然である。
日本には、事実上、子供たちにも大人の指示に従わない自由がある。それを保護者が容認するなら、それによって起きた事件や事故の責任は保護者がすべて負うべきではないか。というよりも、事件を誘発した罪は問われるべきとさえ私は思う。
保護者側が、それすら納得できないというなら、自分たちが家で子供に勉強を教えればいいのだ。そうではなく、他人に子供を預けるなら、せめて預ける学校のルールに“保護者が”従うべきで、学校側もそれを「預かる最低条件」にするべきではないか。
なぜかと言えば、それは、後にも先にも勉学に励む青少年を守るためである。かく言う私だって男だ。正直、上りエスカレーターで前方にケツが見えそうな短いスカートの女子高生がいればドキリとし、それが周囲の人に気付かれはしなかったかと赤面する。
私ですらその有様である。これが痴漢だったら“獲物”にしか見えまい。どうしてわざわざ学校の制服を獲物の衣装に改造する必要があるのか。当人たちの洒落っ気は理解できるとしても、保護者や学校側の人たちの無頓着はまったく理解できない。
お洒落は休校日や下校して一旦家に帰って私服に着替えてからでもできる。そこから「自由の有り難味」も生まれる。自由にはリスクや自己責任が伴うことも自由時間だけで充分に学べるはずだし、逆に、常に自由だから不平不満ばかりが募るのである。
学生のうちからそういう教育をしっかりとやらないから盗撮する警察官も増えるのだ。いっそのこと、警察官の盗撮を防ぐためにミニスカポリスを各警察署に配備したらどうか。学生服の改造はよくて警察官の制服の改造はダメ、ということもあるまい。

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