英国人女性の遺体を遺棄した疑いで指名手配され、逃亡を続けていた男が逮捕された。男が整形手術を繰り返していたことは逮捕前に明らかとなっていた。男が住み込みで働いていた土木会社の社員の話によると、食事中も帽子を被り、常に伊達めがねを掛けていたという。
この男が「何から逃げていたのか」と、「逃げて何を隠そうとしたのか」は今のところ分からない。しかし、何やら後ろめたいことがあるのは事実のようである。何やら後ろめたいことがあるのは事実のようであるが、まだ「容疑者」であって「犯人」ではない。
この男が犯人かどうかは裁判で検察側が揃えた証拠を裁かないと判らない。その裁きで真実が明らかになるとも限らない、と、怪しい人権派のようなことを私は言うつもりはないが、そういった主張を死刑制度の存廃を巡る議論で繰り返してきたのはマスコミではなかったか。
しかし、マスコミはもう既に犯人扱いである。或いは、この男が犯人であって欲しいと願っているようにも見える。私も漠然と「この男が犯人だろうな」と思ってしまっているが、でも、もしも冤罪だった場合、私はマスコミのように捜査機関だけを責めることはしない。
マスコミは沖縄の普天間飛行場に関する報道で「米軍は沖縄から出て行くべき」という態度をにじませている。昨日の朝日新聞「天声人語」は「度重なる墜落事故や性犯罪で流された血涙は、同盟のコストといった乾いた言葉ではくくれない」と沖縄に同情を寄せる。
だが、朝日は北朝鮮の拉致問題に絡み、平成14年9月18日付けの「天声人語」で「そうした特殊機関による『犯罪』は珍しいことではない」と書いた。「珍しいことではない」という認識があるのなら、人道上、具体的な防衛策を提案してもよさそうなものである。
日本のいわゆる「平和主義者」たちには、残念ながら、平和を守った実績がない。平和を守ることを目的とせず、平和を守るための手段や組織や道具を「国から奪う」ことだけを目的としているから当然だ。それが彼ら「平和主義者」の心に平和が訪れない原因でもある。
何かを奪おうとする人間は常に矛盾に満ち、一貫しない。マスコミがいい例である。事実をありのまま報道せず、時に人権を侵害し、名誉を汚す。特に問題なのは、批判の対象が常に「マスコミ」であったり「朝日新聞」であったりすることだ。つまり責任が曖昧なのである。
「市橋達也容疑者」に責任があるのなら、これからそれが問われるのだろうが、もしも責任がなかった場合、犯人扱いしたマスコミはその責任を問われることはない。米軍が日本から撤退して日本海域内に北朝鮮の工作船や中国の潜水艦が頻繁に出没するようになっても、マスコミは何ら責任を取らないし、無論、国の安全を守らない。
それを承知で報道しているから性質が悪いのである。

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