私は自分のことをよくビンボーという。人と比べて言っているつもりはない。人はそれぞれだと思うから比べてもしようがない。自分のことをビンボーと言っておいた方が落ち着くからそう言っているような気がするし、ビンボーに甘んじている方が楽だというのもきっとある。でもまあこうやって私は年を経てきた。いまさらああだこうだもない。
モノを買うときいろいろ悩む。ビンボー人のようにくよくよ悩む。カーちゃんに相談すると欲しかったら買ったらいいじゃないのと言われる。私はそんなものかなと思ってやっと覚悟を決める。結婚してから初めてパソコンを持つようになったがそのときもそう言われて買う決心をした。結構高い買い物だった。
驚いたのはカジノでギャンブルをするために百万円持って行きたいと言ったときにいいわよと言って定期を解約したときだった。なんの抵抗もなくて拍子抜けした。カジノに大金を持っていくとどういうことになるかまるで判ってないと言い出した本人が心配になった。
私は勤労意欲をなくするという理由で給料明細は見ずにそのままカーちゃんに渡している。知ったらがっかりする程度の給料しかもらっていない私がそんなことを言い出すのもどうかしている。でもどうせビンボーなんだから一生に一度くらいそんな散財をしてもよいのではないかとふと思って、それを口にしてみただけだった。それが瓢箪から駒みたいな成り行きになってしまった。
ふたりとも足腰が大丈夫なうちに旅をしようと言った。ほかを我慢すればやれないことはないから、たまには贅沢してみようと海外に旅をするようになった。ビンボーだからこそやりたい贅沢というのもある。
最初にふたりだけで行った海外旅行は韓国の済州島だった。それは1994年のこと。カーちゃんの一番親しい友人が大の飛行機嫌いでその影響を受けたのかカーちゃんも最初は飛行機嫌いだと言った。でもまだ飛行機に一度も乗ったことがないから一度は乗ってみたいとも言うから変な話だ。
万が一墜ちてふたりとも死んでしまったら面倒がなくて良いじゃないかと言ったら、それは嫌だという。どうやら自分だけは生き残りたいようだ。まあ夫婦だからといって一緒に死ななければならない理由はないのだからカーちゃんの方が正直なのかも知れない。
ところがカジノをやりたくて行ったのに、いまではどうか知らないが当時は済州島のカジノは最悪だった。その2年後にオーストラリアのケアンズにカジノができたと聞いてまたふたりだけで行った。それ以降は毎年どこかに行くようになった。
オーストラリアのカジノのある主要都市を廻り、ニュージーランドもカジノのある二都市を訪れた。もう10年以上は毎年メルボルンを訪れていて、ここ6年はメルボルンにしか行かなくなった。
そして今年もやはりメルボルンに行くことになった。

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