まあ、食事したりしながら、ね。
見終わった感想は「時間がもったいなかった」としか言い様が無いね。駄作ではないけれども、決して良作、佳作ではない。強いて言えば「凡作」。うん、あれの制作費に何億もかけたって言うのはとてももったいない事だと。
ストーリーは「全部は見ていないので書けない」。でも、これまで色々目にした感想で多かったのは「テーマがわかりにくい」または、「テーマをキャラクターに語らせるので伝わってこない」って物でしたね。でも、この評価は多分違う。テーマを語らせてしまうから平板になるんじゃない。
そう、この作品にはね、
「元々テーマと呼べる様な物が何も無い」
んです。そう、何も無い。監督が「作品に込めたもの。作品を通して観客に伝えたいこと」なんて何も無い。
そりゃあ伝わらんよ、「無い」んだから・・・。
曰く「世界の均衡が崩れている」?「自然を大切に」?いやいやいや、確かに台詞ではそういっていましたけど、それを語る描写はありましたかね?「命を大切に」?いやいやいや、そう言うテハルー自身がクモを殺してるんですけど・・・。これじゃ明らかにテーマじゃないわな。
つまりね、どんな作品だって普通なら監督(監督に限らずクリエーター全般)って、「何か伝えたい事があるから作品を作る」んだよネ。かくいう私だって、「ガンダムカッコいい」「ルルーシュカッコいい」って思って、それを誰かに伝えたいからブログを書く訳。だから、どうやったらこれが伝わるか、ってすげー色々試す訳ですよ。沢山文章書いた方がいいのかとか、読む方が疲れちゃうから少ない方がいいのかとか。
でさ、少なくとも「ストレートに文章にしても伝わらない」事だけはわかってる訳よ。
恋の告白じゃないんだからさ、ただあっさり文章作ってもそりゃ伝わらんの。いやいや、恋の告白だって、ゲド戦記より工夫するよね。正面切って目をまっすぐ見て言おうかとか、目はとても合わせられないから、そっぽ向いてストレートじゃない表現にしようかとかさ。
そういう視点でゲド戦記を見てると絶対気がつくの。「監督が何を言いたいのかがわからない」事に。
これはまあホントプロデューサーに言われるまま「作らされちゃった」んだろうね。そういうのが手に取る様にわかっちゃう。
そうなんだよ。監督がさ、テクニックが「何も無い」もんだから、そういう舞台裏がにじみ出てくるんだね。
わかるでしょう。なんだか主体性の無い若造が主人公してる訳が。そう、このアレン、悟郎ちゃんが映し出されちゃってるよね。
※アニメーションって面白い物で、主人公に監督がよく投影されちゃうんだな・・・。「新世紀エヴァンゲリオン」の庵野秀明監督。「機動戦士Ζガンダム」の富野由悠季監督・・・。
王の血を引く(宮崎駿の息子)って言うだけで悪い魔法使いに狙われて、いい様に操られて・・・。
なんだか悟郎ちゃんの苦しみが透けて見えるよね、アレンに。
じゃあ、ゲドは誰なんだろうね。テラーは・・・?まあ、色々いるんだろうと思う、ジブリ関係者に。
で、一人だけ、他にわかりやすいメタファがいるね。アレン=悟郎を操って世界の均衡を崩して時計の針を戻そうとする悪い魔法使い。アハハ。これ、鈴木プロデューサーだ(笑)。
もう前々才能のかけらも見えなくなった宮崎駿ブランドを必死に護らんと、時計の針を戻そうとしてるよ〜〜。
監督に主張が無かった分だけ、そういう「監督の置かれた状況」がストレートに映し出されちゃったんだね・・・。
何のひねりも無くテーマ風に語られた台詞はつまり、鈴木Pが「売る為に考えたコピー」なんだな。そりゃあ空虚だ。
ジブリさ、一時的に売り上げが落ち込んでも、若手監督を育てるべきだよ。いや鈴木Pの「恐い」のはわかるけどね。
アレン=悟郎は「自分の道」に戻ったと思う。アレンやゲドはテラーの畑を耕す為の人じゃなかった。「ゲド戦記」ではクモはテハルーに倒されたけど、ジブリのクモはまだ采配を振るってる。世界の均衡もいいけれど、ジブリはまずジブリ自身の均衡を取り戻し、王権をあるべき姿(才能ある演出家が作品を作れる様な環境)に糺すべきなんじゃないのかね。
「ゲド戦記」はどうにも、最近流行の「偽装」に思えてならないよ。いや、どう見てもこれは「偽装宮崎アニメ」だろ?