カッコーの巣の上で ★★★★+0.5☆
原題 :
One Flew Over The Cuckoo's Nest
製作年 : 1975年
製作国 : アメリカ
監督
ミロシュ・フォアマン
製作
ソウル・ゼインツ
マイケル・ダグラス
原作
Ken Kesey ケン・ケーシー
脚本
ローレンス・ホウベン
ボー・ゴールドマン
キャスト
ジャック・ニコルソン (R.P.McMurphy)
ルイーズ・フレッチャー (Nurse Ratched)
ウィリアム・レッドフィールド (Harding)
マイケル・ベリマン (Ellis)
ピーター・ブロッコ (Col Matterson)
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【評論】
世界の映画史上における最高傑作の一つ
とても
30年以上もの昔に製作されていた事を
微塵にも感じさせない映画。
昔の映画だと映像がくすんでいたり、不自然なストーリー
の展開になりつつあるが、だらだらとコマを進める事もなく
パッパと切り替えていく様がいい。
知らない人がこの映画を観たとしても、つい最近作られたと
勘違いする人も居るのではないだろうか?
それと一つilia的に気になるのが俳優の
「マイケル・ダグラス」が手懸けていると言う点。
何でも彼は俳優よりもプロデューサーの方が先だった様だ。
マイケル・ダグラスの映画は渋くてカッコいいし、あの
重量感たっぷりの雰囲気が好きだし、そして何よりもilia
の好みだ(笑)
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【ストーリー】
刑務所の強制労働から逃れる為に精神異常者のふりを
して精神病院に入院してきた主人公のマクマーフィー。
婦長の定めた病棟のルールに片っ端から反抗していく。
当時精神医学で新しい療法としてもてはやされていた
グループセラピーへの反感。
また他の患者を無断で船に乗せて、海に出たりもする。
こうした反抗的な行動が管理主義的な婦長の逆鱗に触れ、
彼女はマクマーフィーが病院から出ることが出来ないようにしてしまう。
だがその”がんじがらめ”に束縛されてる中でも、「チーフ」と言う
周りの皆に馬鹿にされてるインディアンの大男
(聾唖者で全く音が聞こえない)との間に奇妙な友情が生まれる。
ある日、タバコの配給のことから看護人と争った彼は、
罰としてチーフと共に電気ショック療法に送られる。
さすがに不安になったマクマーフィを勇気づけたのは
今まで誰とも口をきいたことがなく聾唖だと思われていた
が実は聾唖の”フリ”をしているチーフだった。
チーフがマクマーフィに対して初めて心の窓を開け始めた。
2人は秘かに脱出計画を練った。
クリスマスの夜、マクマーフィーは病棟に娼婦を連れ込み、
酒を持ち込んでどんちゃん騒ぎをやる。
その後逃げ出すつもりだったのだが寝過ごしてしまう。
翌日、乱痴気騒ぎが発覚し、そのことで婦長から激しく糾弾される。
そのショックで(マクマーフィーにかわいがられていた)
若い男性患者が自殺してしまう。
マクマーフィーは激昂し、彼女を絞殺しようとする。
婦長を絞殺しようとしたマクマーフィーは
他の入院患者と隔離される。
マクマーフィーは病院が行った治療
(電気けいれん療法或いはロボトミー手術)によって、
もはや言葉もしゃべれず、正常な思考もできない廃人のような
姿になって戻ってくる。
(※これは当時、アメリカの精神医学会で盛んに行われていた
脳梁切断手術の揶揄であろう。
この手術は凶暴性を持つ癲癇患者を劇的におとなしくする
手術としてもてはやされたが、手術後の患者は感情の起伏や
外界への反応が極端に乏しくなるものであり、
人権的な側面で当時から批判が多かった。
現在は、その効果に疑問が持たれている。)
今や額にロボトミーの跡をつけ、植物人間と化したマクマーフィが
チーフの元に戻ってきた。
怒りと悲しみ。マクマーフィをこのままここに置くにしのびないと
感じたチーフは、枕を押しつけ彼を窒息死させた。
チーフにとってそれが最後のマクマーフィに対する友情の証しだった。
明け方、窓をぶち破り、祖先の愛した大地を求めて走り去る
チーフの姿が、逆光の朝日の中にあった。
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【映画の方向性と主旨】
作品テーマは「近代と理性的秩序への反抗」。
その点で、ドストエフスキーの作品や「チャタレー夫人の恋人」
と同様に、「近代」に対して「人間性」を対決させた。
作品賞をはじめアカデミー主要5部門(75)
ジャック・ニコルソン/ルイーズ・フレッチャー
タイトルとストーリーの由来
邦題も一読して意味を理解することは難しいが、
原題は最後にチーフが一人 (One) で自由を求めて、
精神病院 (the cuckoo's nest) から飛び出して
脱出する (flew over) ことを象徴しており、
もともとの由来はマザー・グースの詩である。
実はカッコウには巣というものはない。
カッコウは自分で子育てをしないのである。
モズ、ホオジロなどの、ほかの鳥の巣に自分の卵を押し込んで、
そこで一緒に子育てをさせてしまう (托卵)。
卵から孵ると、カッコウの雛は同じ巣にある他の卵を
巣の外に押し出そうとする。
ひとつの解釈としては、マクマーフィーをカッコウの卵に、
看護婦長をほかの鳥の卵を大事に抱え込んでいるモズや
ホオジロに喩えることができるだろう。
また、この詩の内容から、互いに対立するマクマーフィーと
看護婦長とを、東と西に飛んでいったガチョウ
(goose, 複数形はgeese)に、そして巣の上を飛んでいった
ガチョウをチーフに喩える解釈もある。
【編集】
主人公は本当に詐病なのか
刑事裁判での精神鑑定を手がける事の多い精神科医の小田晋は、
主人公に明らかに虚偽性障害や反社会性人格障害、
間欠性爆発障害の兆候が見られると言う。
現実の精神病院でも、精神鑑定で責任能力なしとされた被疑者には
「自分では精神障害者のふりをしてやったと思っているが、
実際に人格障害などの兆候が見られる」事がままある。
【最後に】
ジャック・ニコルソンの演技が、何処と無く
ディカプリオの演技に似ている…?
と、思った。いや逆だね。
ディカプリオがジャック・ニコルソンの演技を盗んだと
言うのが正解だ。
ディカプリオのファンから大ブーイングが起きそうだ。
でもこれが事実であろう。


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