●The Long Hot Summer of 1976 - 1
●The Long Hot Summer of 1976 - 2
twitterでフォローしている方がアップして下さっていた、1976年のノッティングヒル・カーニバルで起きた暴動のドキュメンタリー。貴重な映像です。
ノッティングヒル・カーニバルは毎年8月末に、ウェスト・ロンドンのカリビアン・コミュニティのために開かれている世界最大のお祭りの一つだが、この年は大暴動に発展した。
原因は、警察当局による過剰警備とカーニバルの管理だった。
当時、小規模の人種暴動や黒人ギャングによる白人カツアゲ事件が多発し、人種間のテンションは頂点に達していた。さらに白人の若者の失業率も最悪で、移民たちに対する反感は爆発寸前だった。
もともとノッティングヒル・カーニバル自体が、1958年にノッティングヒルで起きた白人たちによる黒人襲撃暴動に端を発し、移民たちのアイデンティティ表明の場として始まったという側面があり、そのため人種間の衝突は過去にも頻繁に起きていた。
警察側はそうしたトラブルを、移民側に責任を押し付ける形で処理しようとした。この年のカーニバルでは、サウンドシステムや酒類を出すことまでが禁止され、警官たちはちょっとしたことで若者たちを検束した。それが移民たちの怒りに火をつけた。
発生の直接のきっかけはポートベロ・ロードで警官がスリを逮捕しようとしたことだったようだが、この暴動で100人以上もの警察官と約60人のカーニバル参加者が病院に運ばれ、66人が拘束された。また白人の暴徒による襲撃事件も多く起きたと言われる。
THE CLASHのジョー・ストラマーとポール・シムノンはこの暴動に巻き込まれ、その体験を翌年「白い暴動」という曲にして発売し、同タイトルのアルバムのジャケットに暴動の写真を使ったのは有名過ぎる話。黒人たちが「黒い暴動」を起こしたように俺たち白人も暴動を起こせ、と歌ったもので、ブラック・パンサーに対するホワイト・パンサーのような共感のアピールだったが、当時は歌詞を単純に解釈されて、人種対立を煽るものとして批判もされたらしい。
この後のレコードにも暴動の写真らしきものがしばしば使われていると思うんだけど、僕はそんなにTHE CLASHファンじゃないのでよくわかりません。THE CLASHってバンド名自体が、警官隊と暴徒の「衝突」からきてるってのもきいたことあるけど、これは眉唾な気もする。
当初はカリプソやスチール・ドラムなどの音楽がメインだったこのカーニバルだが、この時代にはもうレゲエが重要な一角を担っていた。
ドン・レッツやノーマン・ジェイらが当時を振り返るインタビューもあり。
続きがあるっぽいけど、2までしか上がってないんですよね…。
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●Battle 4 Brixton pt1 of 6
こっちは1981年4月に起きたブリクストン暴動についてのドキュメンタリー。
この暴動の直接の原因は、警察が行った「Operation Swamp」という私服警官による強盗撲滅作戦にあるようです(詳しいことはわかりませんが、たぶんオトリ捜査と街頭での検問でしょう)。
この暴動はイギリス本土で初めて火炎ビンが投げられた事例でもあるようで、警察国家イギリス当局としてはショックだったでしょうね。
ブリクストンではそれ以前から暴動が頻発していて、THE CLASHは79年に『London Calling』収録の「The Guns of Brixton」でそれをモチーフにしています。