年末年始と、世間は
年越し派遣村のニュースで持ち切りで、本当に暗い世相を痛感した。
この問題については既に
あちこちで書かれているので、今さら僕が書くことはないかなと思っていたんだけど、ただmixiで派遣村のニュースについて書かれている日記の内容があまりにひどいので、あえて全体公開(普段はマイミクのマイミクまで公開)でそれを批判する日記を書いたところ、知らない人たちからのコメントが沢山ついてちょっとしたBBS状態になったりもして、個人的にはあらためてこの問題について考える良い機会になった。
ついたコメントのほとんどは賛同の意見だったが、中には、当然ながら「自己責任」論を振りかざすネット右翼みたいなのも混じっていた。しかしその中の一人と対話するうちに、そういう人たちが抱えている鬱屈の本質のようなものが見えてきて、単純に批判や攻撃をするだけでもダメだなと思わされた。
「派遣は甘えだ」「えり好みしなければ仕事はあるはずだ」「努力すれば貧乏から脱出できる」「こんな奴らに税金使うな」というようなことを言っているその人にきいてみると、かつてはその人自身が職を転々として、ワーキングプアのような状態に居たこともあり、正社員になった今も、年間10日ぐらいしか休みを取らずに激務に明け暮れているという。「自分はあんなに頑張って這い上がってきたんだから、お前らも甘えるな」というよくある論理ですね。
ドン底の生活を経験したのなら、同じドン底にいる人たちに対する同情も共感も当然芽生えるだろうと思うのだが、そうはならないらしい。
このイデオロギーが、どこか外部から注入されたのならわかるんだけど(実際いわゆるネット右翼というのは完全にそういう連中)、こういう人の場合はそうではなくて、もっと自然発生的にそういった考えを抱くようになったんじゃないかとも思う。(そういう人だから、まだまともに話もできたんじゃないかとも思うけど)。
ではそれはいったいどこから来るのかというと、ようは「子供」だってことなんじゃないのかなと思うわけです。
「ボクはこんなに勉強頑張ってるのに、先生が面倒みるのは勉強できないあの子ばっかり!」
「弟の方が小さくて手がかかるのはわかるけど、ボクの方も見て、ママ!」
みたいな、子供によくある嫉妬心が、この問題の本質なんじゃないかなと。
クラスに勉強ができない子がいたら、クラス全体が困る。だから、できない子をみんなで助けて、できるようにしよう、というのが大人の発想だと思うんだけど、子供だからそういう発想はできない。
そういえば、と思い出したのは、今でも時々会う学生時代の友人のこと。
そいつはすごいいい奴なんだけど、やたら保守的なモノの見方をする奴なんですよね。そして、昔から本当にキャラが変わっていない。着てるものとかギャグのセンスとかも、全く変わっていない。つまり学生時代から成長してない。良くも悪くも子供のままなわけです。
人間というのは本来、社会に出て様々なスタンスの人と関わって揉まれる中で、自分自身をオープンにして、徐々に精神的に成長していくのが普通だと思うんだけど、今は個人に対して社会が苛酷過ぎるために、オープンになる余裕がないまま、成長できないまま歳を取ってしまうのかも知れない。
今、いわゆるワーキングプアやネットカフェ難民の主流を占めているのは、一部で「ロスト・ジェネレーション」とも呼ばれている、僕と同じ年代の団塊ジュニア世代だ。
この世代は最も人口が多くて競争が激しく、しかも社会に出た時は
就職氷河期で、それからも不景気と新自由主義の波に飲まれながら、必死に生きてきた。
一方で、バブルが終わって価値観が多様化しサブカルチャーが充実する時代を迎えて、大学を出ながらも就職はせず、フリーターとして好きなことをやりながら生きる、といったような生き方が新しく生まれてきたのもこの世代からだった。
僕自身、大学を出る頃には、バンドでもやりながらフリーターで生きていくのもいいな、と思っていたりもしたのだが、2浪までさせてくれて東京の私立の美大(ものすごく授業料が高い)に入れてくれた両親に申し訳ない、というだけの理由で、結局正社員として就職する道を選んだ。
当時そうやってフリーターになった人たちの多くが、今、ワーキング・プアのかなりの部分を占めていることは否定はできない。
ネット右翼のプロパガンダに伍するつもりは全くないけれど、そういう点を突いて、彼らのことを「甘えている」と批判する理屈が出てくるのはまあわかる気もする。
しかし実際には2004年の派遣法改正(製造業への解禁)からわずか4年間の間に、日本の派遣社員の数は2倍以上に増加した。そして今回の「派遣切り」で予想される8万5千人の失業者のうち、9割が製造業だという。これは凄まじい数字だ。
そこを見ないで派遣切りの問題や派遣村について語ることはできない。
そして、「ロスト・ジェネレーション」よりさらに下の世代、現在20代前半にあたる世代は、非常に保守的で、狭い価値観の世界で生きているように思う。これはあくまで印象だが、仕事を通して色んなマーケティング情報などに触れる中で、それは強く感じる。
いわゆるネット右翼は、おそらくこの世代がかなりの割合を占めているんじゃないかと思う。
彼らは、絶望的なロスジェネ世代の後ろ姿を見て育つ中で、夢や大志を抱くことがなくなり、人間が萎縮してしまっている。「大人」になる機会を奪われている。
そういう人たちに対して、たんに「ああ、右翼か」「保守か」と片付けるだけじゃダメで、そうした社会の病理を生み出してきたものを真剣に見つめないといけないなと思った年明けでした。
この光景を忘れないでおこうと思う。本当に、ここが日本の転換点になるかも知れない。
湯浅誠は偉大だ。
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オバマ政権の日本あやつり班の顔ぶれ/ (ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報)
僕も「えっジョセフ・ナイが日本大使?!」って思って気になってました。
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毎年、正月休みは年越しパーティーに行ってから元旦に実家に帰るんですが、今年は大晦日に帰って、休みも1日多く取ってゆっくりしてきました。
もう両親はリタイアして2人だけで住んでるので、最近は専ら親孝行のために実家に帰るという感じ。よく考えたら、あと何日、何時間一緒に過ごせるかわからないわけだし…。
正月以外にも帰ってやりたいんですが、去年は仕事で全く無理でした。
若い頃は、親と居る時間が苦痛というか、退屈だった時もありましたが、今はそうでもないですね。ヒマだからと毎年大量に読む本も、今年は一冊しか読まなかったし。親につき合って、とりとめのない会話をする時間や、近所に親子で出かける時間なんかもいいなと思います。
ずっと同じようなライフスタイルを送っていても、自分の中で少しずつ変化が生まれているのかも知れないなと。
留守の間に冷えきった一人暮らしの部屋に帰ってきた時、初めて東京生活が虚しく思えました。
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…とか言いつつ、年末はグラスの「ひらけ!」に行ったり、LDKのパーティーに行ったり、なぜか突然復活した旧リキッドルーム(現FACE)にTony Humphriesを聴きに行ったりと、色々遊びました。Tony HumphriesのDJは凄い良かったと思うんだけど、なんとフロアのスピーカーにウーハーがなく(!)、パーティーとしては悲惨なものでしたね…。これからあそこにちょくちょくハウスの外タレとか来るみたいなんだけど、あの問題が解決しないとどうしようもない。
年末に開かれたパーティーとしては、「悪魔の沼」がいちばんどうしようもない感じで最高でした。
あと夜中にマーシー君ちに遊びに行ったのが面白かったっすね。
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まあそんなこんなで、今年もよろしくお願いします。
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初公開!
これが「ポップな」蟹工船だ!
(…ほんと死ねよ。)