お馴染みのブログより。
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三部会としてのG20サミット − 説明不可能な「不都合な史実」 (世に倦む日日)
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アダルトなG20サミット - 10兆円は戻らず、危機は実体経済へ (世に倦む日日)
「…あれほど特別会計には余剰な資金はないと言い、2200億円の社会保障費削減分を埋める財源はないと言い、消費税を上げるしか社会保障にカネを回す方途はないと言いながら、米国が出せと言った途端に、「ハイわかりました」とポンと10兆円が飛び出してくる。消費税1%で2兆円だから、10兆円では消費税5%分になり、つまり、日本の1年間の消費税の税収全てが、ここで一気に米国に差し出される勘定になる。社会保障費を削りながら、地方の病院を潰しながら、健康保険料を引き上げながら、高齢者の年金から医療保険料を毟り取りながら、米国には気前よく10兆円が差し出される。
否、10兆円ではなかった。三菱UFJが先に手付金を1兆円(モルスタに)払い込んでいたから、全部で11兆円になる。この事実は、奇想天外で説明不可能な「不都合な史実」として、23世紀も、24世紀も、人類が滅びるまで、永久に世界中で語り継がれることだろう。…」
「…G20サミットの結果をどう評価するかは立場によって異なるが、私の見方としては、旧体制(アンシャンレジーム)の側の緒戦勝利という表現になる。日本による10兆円の拠出が大きい。事前に報道されたような、規制をめぐる米欧間の対立が会議で火花を散らした形跡はなく、また新興国の側からのIMF改革の要求の声も小さかった。1週間前の準備会合では米国とIMFを厳しく批判していたブラジルが本番では控えめで、動向が注目されたロシアからも特に何も聞こえて来なかった。全体としてブッシュ政権の最後に花を持たせたような玉虫色の首脳宣言に終わり、ステートメントを調整できる議長国の権限の大きさが印象づけられた格好になる。ブラウンやサルコジが言っていたような「新ブレトンウッズ」とは程遠い、内容のない「お祭りイベント」の首脳会議になった事実は否めない。米国の態度が強気に変わり、サルコジが求めた規制の合意を一蹴した。キャンプデービッドでは顔面蒼白で、サルコジに押されてG20サミットを渋々承諾したブッシュが、ここに来て強気に変わったのには理由がある。
各国の公的資金注入で株価の下落が一段落し、短期金融市場の麻痺が徐々に解消されている背景に加えて、何より日本からの10兆円の現金がIMF(米国)の金庫に入った事実である。ブッシュがNYで「金融規制に反対」の講演を行ったのは、サミット2日前の11/13だったが、金融危機が発生した9/15以降、ブッシュの口からこれほど強気の自己正当化の言葉が出るのは初めてだった。日本の10兆円拠出が効いているのである。…」
マスコミがろくに報道しない中で、こんなことが起きていたとは…。
…10兆円…!!!なんという数字だ。
国会の承認なしでこんな拠出がどうして可能なのか。狂ってる。
それにしても、まさか世界の金融資本主義をこの日本が延命させることになるは…。
腐っても経済大国ニッポン。やはり圧倒的な金持ち国家。ある所にはまだまだあるわけです(正確には借金をしまくってるわけだが、借金できるだけの才覚はまだあるってこと)。
そのあり金をいよいよ全部吐き出させられた時が、この国が本当に没落する時だろう。
「歴史的な会合だったと後世言われるだろう」って…どんなギャグだよ。
軍事力を他国に握られてるというのがこれ程恐ろしいことだとは。属国であるというのはこういうことなのか…。
これじゃDVのヒモ野郎に貢ぎ続ける風俗嬢と同じじゃないか。身代を食い潰して借金を重ねながら貢ぎ続けて、骨の髄までしゃぶられて捨てられる。
平和憲法は本当に正しかったのか?
田母神みたいなバカの寝言とは別の次元で、もう一度考え直す余地はあるんじゃないのか?
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麻生太郎は、公明党の給付金毒饅頭を食わされて身動きできない (ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報)
タイトルとは関係ない部分について。
「…本来ならば、ケインズ政策の王道で、持続的な公共投資が必要なのだろう。ただ、公共投資論者のポール・クルーグマン自身が、今週月曜のIHTに寄稿した
コラムで、「FDR政権の初期には、ニューディールの効果が出なかった。それはFDRが財政均衡の目標を捨てなかったからである。第二期となった1936年以降も、FDRはそのような政策を採ったので、またすぐに景気が後退した」というように述べている。
(中略)
クルーグマンは不吉なことに、その後に続き、このコラムで、「経済とニューディールを救ったのは、巨大な公共事業計画として知られる、”第二次世界大戦”であった。この結果として、ようやく、経済が必要としている財政的な刺激が与えられたのである」と書いている。なんという指摘!ここまでは、リチャード・クーでも書けないだろう。「30人委員会」というエスタブリッシュメント組織の主要メンバーである、クルーグマンは、さらっとこのようなことをいうのである。
話はそれるが、これで今のうちに、田母神空幕長のような自衛隊の勢力を排除する世論が高まっている理由がわかってくる。戦争が潜在的に「期待」されているときに、すこし騙されやすい自衛体内の勢力をたきつける外部勢力がいることを日本国の穏健派は警戒しているのである。
ところが、あの田母神氏が代表する歴史観は、日本が被害者であると気がついているのだが、アメリカとソ連という二つの連合する「集産主義国家」に騙されたということまでには気がついていない。どうも、この国では、この「気づき」だけは絶対に許されないようなのである。
しかし、先ほど読んでいた堀田善衛の『上海にて』(集英社文庫)には、201ページ以下で、終戦後、アメリカの駐華大使のハーレーが毛沢東にべったりとくっついて飛行機で一緒に移動していたこと、国民党の蒋介石との重慶での会談に臨んだことが書かれている。また、戦争中はアメリカはソ連のスターリン政権と連合していた。ソ連のスパイも米政権に入り込んでいたことも史実として確定している。
このことを見るだけでもわかるように、第二次世界大戦の歴史の中には、主流派の歴史家によって注目されずに葬られていった個々の事実がたくさんある。アメリカは当初、国民党を支援し、ソ連と協力して戦争を戦ったのに、戦後すぐに勢力の組み換えがあって、共産中国を支援し、ソ連を仮想敵国にしたてあげたのである。
ところが、日本の主流派の歴史家は「ルーズヴェルト陰謀論」「コミンテルン陰謀論(VENONA)」の二つが出てくると、突然、ものすごい勢いで否定しにかかるのである。このふたつが、一番触れたくない場所なのだろう。ただし、田母神氏のように、その秘密を理解せずに、単に自由主義史観で、日本は間違っていなかったと繰り返すだけでは、どうせまた世界の大国が戦争を欲したときに利用されるだけだろう。
ともあれ、ノーベル経済学賞受賞者のクルーグマンは、このような戦争こそ最大の公共事業だったという指摘をはやばやと行うことで、新政権のトップであるオバマに、公共投資の「量とタイミングとスピード」に留意せよ、といっているわけである。だが、これではクルーグマンが、半ばオバマ政権の発足前に、「オバマ・ニューディール」に引導を渡したも同じではないか。…」
やっぱりこの人は凄い。ただの陰謀論ブログと思ってバカにして読んでたら損しますよ。
ところで、田母神のようなバカの論文はもちろん、このテキストにも書いていないことがある。
それは、当時の日本帝国も「集産主義国家」だったということ。特に軍が政治の主導権を握ってからは完全にそうなった。
つまり当時はイデオロギーを問わず、「集産主義」による軍国主義=戦争経済という資本主義の「もうひとつの顔」が世界を席巻しており、日本もそのトレンドに乗って甘いことを考えてハメられたというのが、太平洋戦争の失敗の本質だったということ。
現代はレーガン以来の新自由主義(これも資本主義のもうひとつの顔)が終わって、再びニューディール的な「集産主義」=戦争経済へと振れていく時代を迎えている。
つまり資本主義システムというのは、新自由主義の暴走によって危機を迎えると、今度は統制型戦争経済に移行して延命を計る、という、両極の間を揺れ動き続けるスパイラル構造を持っているということ。
こういうダイナミズムを持ったシステムだから、地球上でこれだけ無茶なことをやりながら、今まで続いてきたのだろう。
しかし、当然ながらどちらの「極」状態も、人類の大多数=民衆にとっては巨大な不幸なのは言うまでもない。
新自由主義体制下では、社会福祉は犠牲にされ、民衆への搾取は強化される。戦争経済下では民衆の生活は抑圧され、戦争によって生命と財産が危険にさらされる。
資本主義が、新自由主義と戦争経済の両極の「中道」に居て初めて、社会福祉を充実させ、人々の生活を向上させることが可能になる。
そのためには、国際金融資本と軍産複合体という二大悪の力を減じて、両極の間を揺れ動く資本主義の負のスパイラルを止め、ダイナミズムを封じて、静的なシステムにしていく必要がある。
まずは既得権益に群がるエスタブリッシュメントの力を、民衆の政治力を高めることで削いでいかなければならない。最低限、中南米の左翼政権の国々のような社会変革は必要だろう。
また、現在は戦争へと集約されていきがちな「公共事業」を、それ以外の平和的な巨大事業に替えていく。
オバマ民主党アメリカがこれからやろうとしている「環境」事業もそのひとつの答えだろうが、あの詐欺みたいな地球温暖化論に乗っかってる限りは、ろくなものにならないだろう。
第三世界にばかり犠牲を押し付け、新植民地主義を助ける結果にしかならない。もちろん、だからこそ先進国によって、数ある環境問題の中から地球温暖化というテーマが選択されているわけだが…。
投機マネーの暴走を放置したままバイオエタノール政策をやったために、世界的な食糧危機を招いたのは、その顕著な例だろう。
戦後、戦前の集産体制をかなりの度合いで引き継いだ日本は、田中角栄の「日本列島改造」に代表される国内の大開発や、国策としての電機や自動車産業といった形で、公共事業をやってきた。
それもある程度は成功したものの、土建屋とクルマ屋という日本版「軍産複合体」を儲けさせる一方で、自然破壊によって国土を荒廃させ、小国の内戦の犠牲者にも匹敵するほどの交通事故死者を出してきた。
人間の生活圏を破壊せずに、戦争と同じぐらいの経済規模の巨大開発をやるにはどうすればいいか。
…やっぱり宇宙に出るしかないか…(笑)?
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日曜は青山CAYにDavid Mancusoを聴きに行ってきた。
音もDJもさすがに素晴らしかったけど、時間が進むにつれてフロアがどんどん酒ノリになってきて、パーティーとしては結構ひどかったな…。
前からGalleryの一部の客のノリはどうしようもなかったけど、さらにそれを増幅した感じで、ひたすらギャーギャー騒いでるだけ。音なんか聴いちゃいない。
ナンパしてる奴とか、なんか太鼓だのタンバリンだの叩いてる奴は居るし、ほんとどうしようもなかった。Mancusoがわざわざ来て、あれだけのセッティングをしてやってるあの場で太鼓を叩ける神経はマジで凄いと思います。
しかも若造ならわかるけどみんないい歳こいた連中なんだよな。毎回あんな感じなんだろうか?
始まってすぐは、場が何とも言えず純化されたスペシャルな空気に満たされていただけに、ほんと残念。
プレシャスホールでは全然違う雰囲気らしいので、まあ対極ってことなんだろうけど、それにしてもね…。Mancuso自身はあれでいいのかな?
でもこう言っちゃなんだけど、あの程度のことなら、いつもグラスルーツで身内がやってるし、もっと素晴らしいこともやってるんだよな。そう思うと、わざわざ6000円払ってあんな場に行くこともなかったかなと。
外タレの出るお祭りみたいなイベントもいいけど、やっぱり普段自分の居る場所を大事にしないとな、とあらためて思いました。
まあ金曜のナチュレゲも太鼓叩くバカが居て、ほんとブン殴ってやろうかと思いましたけどね…。