●
目的のために手段は…? (江川紹子ジャーナル)
ずいぶん前のものだが、例の環境保護運動団体グリーンピースの「鯨肉窃盗事件」についての江川紹子さんの見解。
これ以上に常識的でバランスの取れた意見はないと思う。
しかし、「きっこのブログ」と仲がいいらしい有名左派ブログ「
カナダde日本語」は、グリーンピースの肩を持って、江川さんを
ボロクソに批判した。
「カナダde日本語」は、福田政権をおちょくりながら、民主党による政権交替を訴え、小沢一郎を全面的に支持している。また痴漢で何度も捕まったミラーマン植草こと植草一秀を「冤罪」だとし、よりにもよって彼を中心に「反自民勢力を結集」しようと息巻いている。
ブログ「
世に倦む日日」が「
ブログ左翼」と呼んで揶揄する、まさにその代表格のようなブログだ。
有名ブログでこんな具合だから、もっとカスなそのへんのブログなどはさぞかし酷いものだろう。
個人的に、「世に倦む日日」執筆者のthessalonike氏の強烈な大衆蔑視、知的エリート主義みたいなものには全面的に共感できないことも多いが、この手の連中に対する批判は完全に的を得ていると思う。
僕自身、日本の左派とされるネット言論には、つくづく絶望感を感じることが多くなった。
何が物事に対する真摯な態度で、何が重要なのか、そのスタンダードが崩壊した人間が、左翼を気取って暴論、極論を振りかざしている。
かつては右翼の専売特許だったこうした言論が、今は左翼(もしくは反米)気取りの連中によって行われている。
「きっこのブログ」も一時は愛読していたが、最近ではその役割を終えたと思っている。小泉や安倍といった、マンガのような「敵」がいた頃は、ただ悪口雑言を並べて批判の対象を叩いていれば良かった。しかし、世の中の面白くないことを何でもかんでもカタカナ書きの「コイズミ」「アベ」「フクダ」のせいにして日々の溜飲を下げるだけなら、同じことを「サヨク」や「特ア」や「ソーカ」に対してやっているそのへんのネット右翼と変わらない。
これも格差社会化が進行したことの副産物なのだろうか。例の「
希望は戦争」などと述べる
バカを有り難がるいわゆる「
ニート論壇」の風潮もその変種だと思うし、マシなところでは元右翼で「反貧困」「反格差」の闘士である雨宮処凛もその一例だろう。
こうした「ニュー・反米」「ニュー・反ネオリベ」とでも呼ぶべき、短絡的で苛立った若者たちによって構成される層に、911隠謀論を中心とした電波系トンデモ隠謀論が入り込んで、さらに事態をややこしくしている。
植草やベンジャミン・フルフォードと繋がっている「9条ネット」の天木直人も、完全にソッチ系に取り込まれた1人だろう。在日・ユダヤ隠謀論の反米主義者で「独立党」の
リチャード・コシミズという男がいるが(大げさな名前だが普通の日本人らしい)、天木はその後援会にゲストとして招かれ、意気投合している。
「独立党」は最近内紛を起こしているようで、
ブログのコメント欄が紛糾して惨状をさらしている。「党首」のコシミズが突然「幹部」たちへの不信(妄想)にかられたのが原因のようだが、それを読んでいると、コシミズのどうしようもない人間の小ささと共に、トンデモ隠謀論者が「HAARP」や「ケムトレイル」の与太話に代表されるような、ただの被害妄想狂だということがよくわかる。かつては家の回りに奇怪な貼り紙を貼り巡らすのが精一杯だった電波屋敷の住人が、インターネットという文明の利器を手にしてしまったのだ。
当ブログも、それなりに隠謀論の領域に近いあたりのネタを扱っているので、それ系のサイトからリンクを貼られたりトラックバックをもらうことも多くなったが、まともなところは皆無だと言わざるを得ない。
以前にトラックバックをもらった一見まともそうなタイトルの
このブログも、嫌韓・嫌中に取り憑かれて地震兵器や常温核融合といったトンデモ隠謀論の定番ネタを並べてるだけのクソ妄想ブログだった。コメントを書き込んでいる連中も全員どうしようもない。
最近、mixiのあるコミュに意見を書き込んだところ、下らない論争になった。本来、反新自由主義、反右翼のもとに人々が結集しているはずのコミュだったが、「反論」してきたのはその前提とは程遠い、低能で愚劣な連中だった。
ひたすら相手の揚げ足を取る。議論をしながら一度もその本題には触れずに、瑣末なコミュニケーション上の問題にこだわり、上辺のエチケットだけを守るよう求める。「上から目線」だの「粘着質」だの「クレーマー」だの「自論の押し付け」だのといった、世の中のいちばん俗で上っ面な領域からの借り物の言葉を連ねる。中学生レベルのコミュニケーション。さらには議論の相手を「工作員」呼ばわり。
まさに知性の死、理性の死も極まれり。こんな相手と議論ができるわけがない。
僕などは、どんなに意見が合わない相手であろうが、論理能力が高くて文章がちゃんとしている人には、敬意どころかシンパシーさえ抱いてしまうのだが、そういう感覚はこの連中にはないようだ。
しかも、その中の何人かの他の加入コミュを見ると、案の定、トンデモ陰謀論や右翼系のコミュばかりで腰を抜かしそうになった。こんな連中がなぜこのコミュに?と思ったが、かつては親米しかいなかった日本の右翼層にも、若い反米右翼の陰謀論者が増えてきているということだろう。日本の惨状がそこまで来たということでもあり、それはそれで、いよいよ世の中が変わる兆候として頼もしいことなのかも知れないが…。
†
●
「ネットは能無しを大量生産している」 市民メディア、ブログが台頭するジャーナリズムの行く末は?
「インターネットは個人発信の面白そうなブログにあふれている。皆さん、ウエブ上の市民ジャーナリズムを無条件に持ち上げている。俺は違うね。俺に言わせれば、インターネットジャーナリズムの普及が推進しているのは多様化なんかじゃない。一般的な常識や社会観点の欠落したアホの量産だ。一日中コンピュータの前に座って、世界で何が起こっているのかを知ろうともせず、自分の知りたい情報のみにアクセスし、単語も満足につづれず、地図を見てもシカゴの位置を指し示せない能無しが大量に社会に出てきている。さらにまずいのは、やつらの多くが自分がアホである事に気づいていない事だ。オタクな知識がやたらとあるばかりに、自分は結構知的だと思っていたりする。こういう社会はどうなっていくのか? もうすぐ分かるだろう。まあ、ろくな事にはならないと思っているよ。」(FOXニュースインタビュー John C. Dvorak)
†
●
窪塚洋介と平成ネオ・ナショナリズムはどこへ行くのか
以前に反ニューエイジリンクとして貼ったもの。
不完全で言い足りない部分は山ほどあるけど、現代の右傾化/ニューエイジャー化する若者のメンタリティについて、かつて世に出たテキストの中でも屈指の名文だと思う。
残念ながら全文はウェブ上にはないようですが、とりあえず再掲しておきます。
†
「カナダde日本語」は、案の定、現在洞爺湖で開かれているサミットの反対運動も
煽っている。
そこで紹介されている、活動家のスーザン・ジョージという人物の弁。
「G−8に集まっている国は地球上の人口のわずか14%を代表しているに過ぎない。その指導者たちは、自分たちの国では選挙で選ばれたかもしれないが、世界を支配する役割を担うために選ばれたものではない。しかも、この指導者達ですら、自分たちの国において正当に国民を代表していないかもしれないのだ。
その指導者たちが、世界を代表しているがごとく振る舞うそんな会議に正統性はない。例えば、ジョージ・ブッシュは自国でも信用されていないし、英国のブラウン首相や仏国のサルコジ大統領は就任して1年しかたっておらず、支持率も38〜39%と低い。そして、私は日本の福田首相も国民から人気がないのを知っている。」
…だから何だと言うんだろうか。何度読んでも、何の説得力も感じない。
別にサミットをサポートしたり、邪魔するななどと言うつもりはない。
ただ、僕はこの手の「反グローバリズム」運動には、
暴動化したシアトルの反WTO運動の時から、大きな疑問を感じていた。
単なる儀式としてのサミットに反対すること、ましてや派手な抗議行動や実力行使をすることは、それ自体がただの儀式、ポーズだということに気付くべきだ。
韓国の反・李明博の民衆運動のように、具体的で達成可能な政治的目標に向かっての戦略的な行動ではない以上、それはただの「お遊び」に過ぎない。
それは例のサウンドデモと同じく、民衆の権利の濫用だ。
民衆が手にしている貴重な権利をそうした「お遊び」に使うことで、権力はそれを制限する正当性を得る。それは近い将来、確実に民衆自身の首を締めるだろう。
まあそういう「行動」で自己満足を得て何事かを為してるつもりのナンチャッテ活動家は、上記の「ニート論壇」と近い層なんだろうけど。
今は死語に近いが、こういう連中を言い表す便利な言葉があった。
ポストモダンの現代思想で脳味噌がふやけている若い連中も、この際知っておくといいだろう。
「極左冒険主義」と。
†
土曜は色々ライブもあったんですが、どれも行かず、夜になってから、ふらっと西麻布のSEMINISHUKEIのパーティーへ。
何をするというわけでもない一夜でしたが、すごく楽しかったです。ずっと音楽を聴きながらN.R.S.V.のビデオとNYHCのドキュメンタリーを観てました。両方DVD買います。