不 可 視 の 学 院

 

カウンター

  • 本日のアクセス  
  • 昨日のアクセス  
  • 総アクセス数      

カレンダー

2009年
← July →
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
RSS
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:banchou
すみません、そのビデオを作った人間もじゅうぶん頭がおかしいんじゃないかと思っちゃいますけどね。変な顔文字入りの字幕とか…。
そんなビデオを嬉々として他人のブログに貼りに来るあなたも、大丈夫?って思っちゃうんですが、どうですか?

投稿者:fantom
陰謀論の第一人者(笑)、リチャード・コシミズ氏はいったいどうしたのでしょうか。これが正常な人間だとはどうしても思えないのです。
      ↓
http://jp.youtube.com/watch?v=Mfn0KY85fGI&eurl=http://jp.youtube.com/my_videos_edit2

http://video.google.com/videoplay?docid=-5375650184961220001

なんでも、以前、精神科医に「統合失調症」と診断されていたようです。このビデオを聴く限り、かなり危ない状態です。ますます進行しているようにも……

常に正論を吐くため、コシミズ氏にとっては「目の上のたんこぶ」だった元幹部に冤罪の罪を着せて追い出した後は、コブキという男が独立党のNo.2となりました。これがまたとんでもない人間。ヘロインなどの麻薬を常習していたことをコシミズのブログで意気揚々と書いています。どおりで下品な書込みばかりするわけです。やはり麻薬のフラッシュバックのせいだったんですね。まるでオウム、怖い集団です。
投稿者:banchou
しかし実際には現在の日本の反貧困運動等を見ても、表面的な方法論がオーソドックスなデモ等の形態から離れて娯楽化(?)していく一方で、運動を支えるメンタリティとしては非常に先鋭化した、戦闘的で性急なものになっているのを感じます。いわゆるアナーコ的なそれですね。反G8デモに参加した雨宮処凛氏のレポートの文面などからもそうした空気が伝わってきます。
またポストモダン現代思想に代表されるアカデミックなスノビズムも非常に目につきます。このブログで批判してきたように、テーマ設定も大き過ぎ、生活者としての視点も弱まりがちです。
こうした状態が続くようでは、一般市民の広汎な支持を取り付けることは難しいのではないかと思います。
日本は反共の風土が非常に根強く、個人に対する同調圧力が強い社会です。そうした社会で目に見える形で政治的活動に参加する事はかなりの困難を伴い、また少しでも過激な「運動家」と目されれば、その瞬間、運動は大衆から浮き上がり、支持を失ってしまいます。何しろ日本共産党のような穏健な修正資本主義政党でさえその憂き目に合っているぐらいですから。
これからの日本は、日本国籍と選挙権を持つ市民に対しては、何らかの形で格差の是正をしていくことになると思いますが、並行して海外から移民を受け入れ、彼らを下層労働者として正規雇用された日本人労働者の下に位置づけることで、システムを維持していくのではないかと僕は見ています。
そうした、外国人労働者との連帯をどうするかも大きな問題でしょう。それも、現在の運動の形では厳しいのではないかと思っています。
色々と批判してきましたが、僕はサウンドデモや反G8アクションをする人々の行動力にだけは敬意を表してします。
願わくば、僕の今回のエントリーのような批判に対して開き直るのではなく、それを苦言として捉えてもらって、より良い運動の形を模索していってもらえればと思います。
そして、僕のような人間が自然に参加できる器を作ってもらえれば、それに過ぎる喜びはありません。
投稿者:banchou
僕は現在35歳の会社員で、企業の中でもそれなりに責任ある立場にいます。
制作業なので、毎日の仕事はかなり忙しく、毎日4〜5時間程度の睡眠で暮らしている状態で、休日出勤も常態化しています。本当にブログを書く時間ぐらいしかありません。
直接の行動を伴う政治活動にも決してやぶさかではありませんが、そうした人間にとって、気軽に参加できる政治運動はなかなかないというのも実際のところです。
韓国のキャンドルデモは、様々な点が優れていると思うのですが(まず、火のついた小さなろうそくを手に持たせることで、参加者の過激な行動を制限し、非常に平和的で牧歌的な雰囲気を演出する、というのが秀逸です。市民から浮き上がろうとする過激なプロ活動家を封じる仕組みを内包していると言ってもいいと思います。)、主な開催時間が夜である、というのも素晴らしいことだと思っています。勤労者がアフター5に気軽に参加できるわけです。
そうした運動だからこそ、ウィークデーを含め、毎日のように大規模な動員をすることが可能になっているのでしょう(それでも、日本以上に新自由主義的な競争社会である韓国では、やはり残業などで参加できない勤労者も多いでしょうが)。
運動があそこまで大規模で国民的なものになれば、職場の仲間のサポートも得やすいでしょうし、運動自体が非常に平和的で穏当なものであることも、その助けになっていると思います。
そうしたブレイクスルーをいかに作れるか、というのが、今後日本で何らかの大衆運動を組織していく上での重要なポイントになっていくのではないでしょうか。
投稿者:banchou
「捨て台詞」云々については、了解しました。忘れてください。

>唾棄すべきアカデミズム
これは意外な言葉でした。
tu-taさんは、議論の相手としては良い相手でしたが、批判の対象としてはあまり適当ではなかったようですね。笑

このブログを見てくれている人には、もちろん様々な人がいるでしょうが、大きく分けて、以前からアンダーグラウンドな音楽シーンに関わっている人たちと、最近になって政治的な記事目当てでブックマークしている人たちがいます。前者は、僕の個人的な友人知人、もしくはその延長上に直接人脈で繋がっている人たちです。
このブログ(以前はBBSでした)で本格的に政治的な内容の文章を書き始めたのも、まずはそうした自分の身近な人たち、政治以外の部分で価値感を共有する人たちに、自分が何を考え、どう感じて生きているかを知って欲しい、という動機からでした。
普段遊び場でしか合わない人たちに、自分の中の政治的な部分についても知って欲しいと思ったのです。
僕にとってこのブログは、読者の数や彼らとの距離感からしても、ちょうど個人発行のzineのようなものです。
そうしたある程度クローズドなコミュニケーションが、インターネットという広大な情報空間とポイントポイントでつながっていく、そういう現在の形にバランスの良さを感じています。
単なる政治ブログではなく、政治と文化を安易に融合するカルスタ的なブログでもなく、生活に密着した個人の多面性を、そのまま反映するものにしていきたいと思っています。
投稿者:tu-ta
できるだけ、これで最後にしたいんだけど、「捨て台詞」なんかじゃないってことだけはわかって欲しいな。

だからね、bachouさんが、ぼくの活動はこのブログで表現していくことです。って答えてくれたら、それで終わっていたのかもしれません。

そう、banchouさんが書く、チベットに関する言説にひきつけられて、ぼくはこれを読むようになったわけだし、光州に関する克明な記述もすごくうれしかった。っていうのは、ぼくが学生運動を始めたのは、まさにあの5月だったから。

それを活動のスタイルとして、認めないなんて、ぼくはいうつもりはないです。

そういう表現活動を続けることで、人びとが気づいてくれるのを待つ、というありかたを選択されるということであるのなら、いまは、そのbanchouさんの選択に関して、ぼくがどうこう言う話じゃないだろうなと思います。

問題は、このうんざりするような今のメインストリームの世界の状況をどう変えていけるのかっていうことだったはずです。それぞれのやりかたで、このうんざりするような現状を変えるためにやれることをやれたらいいですね。

P.S.
ちなみにぼくは、いわゆるアカデミックな人は好きじゃないです。ポストモダンにせよ、ニューアカにせよ。
唾棄すべきアカデミズムだと思ってます。ま、話してみると、いいヒトが多くて困ったりもするんですが。

P.S.2
年寄りは得てして、自分の勝手な美学をヒトに押し付けがちです。そこはちょっと自戒したいと思います。でもね、まあそれは性みたいなもんだから、ちょっと大目に見てやってくれたりしてもらえるとうれしいです。


http://tu-ta.at.webry.info/
投稿者:banchou
ですからそれはあなたの側の勝手な美学というか線引きであって、言論の場には関係ないんですよ。
それを議論の相手に押し付けることはできません。それは相手を揶揄する意味しか持たない。
一度議論の終結を宣言して「ありがとうございました」と言った相手に対してそうしたことを書くことは、捨て台詞と受け取られてもしょうがないでしょう。
だいたい、民主主義社会の政治活動において、言論と政治「活動」を分けて考えること自体がおかしいわけです。
政治「活動」とは何でしょう?機動隊の警官をぶん殴ったりマクドナルドやスターバックスを燃やすことだけではないはずです。
投票やデモ、ストなど以外のほとんどの政治的活動は、言論の形を取ります。
皆さんがお好きなポストモダン現代思想やニューアカの知識人たちも、メインの活動は言論でしょう?本を出したり、講演をしたり、ブログを書いたりしているはずです。
このブログは所詮たいしたことはありませんが、常時それなりのアクセスがあります。アンダーグラウンドなzineと考えると、だいたい1000部前後のものを頻繁に出している感じです。
政治的な記事目当てで見て下さっている方も大勢いますし、ポジティブ、ネガティブ含め、様々な反応があります。
これまでの記事のいくつかはウェブ上のアーカイブに転載され、あるいはブックマークリストに載り、そのうちいくつかのテーマについては、検索で常に上位に来ます。
これがとりあえず現在の僕の政治活動です。
ですから、このコメント欄であなたが意見を表明されたのも、立派な政治活動です。
記事の更新がないにも関わらず、多くの人が、たぶんこの討論をチェックするためにアクセスしてくれています。
あなたの意見が多くの賛同を得れば、あなたはもしかすると、デモ隊のメンバーの一人としてよりも、遥かに大きな政治的影響力を持つかも知れません。
投稿者:tu-ta
> ここまで議論してきて、最後が結局それでは、あまりにも残念です。

と感じさせてしまったことが、残念です。って、駄洒落みたいな感じなんですが・・・。(笑)

これは感じ方の問題なんだけれども、ぼくにとっての言論は実際に自分がどうするかということと切り離すことはできません。もちろん、いますぐできないことはたくさんあります。でも、いつか、自分が考えている方向で行動したいと思っているし、そのことと言論が切断されているのはいやだ、というのが、ぼくの考え方の前提にあります。

だから、それを期待したんですが、言われてみると、「言論としてはこっちを主張するけれども、実際には自分でそれを実行できないし、しようとも思わない」という問題の建て方もあるかもしれません。

でもね、それじゃ、つまんないなぁ、と思ってしまったのでした。

http://tu-ta.at.webry.info/
投稿者:banchou
言論での討論の末に、批判をしている相手に対して「じゃああんたは何やってるの?批判するなら自分でやってみなよ」と言ってしまっては、これまで言論でしてきた議論は何だったんだということになってしまいますよ。
ここまで議論してきて、最後が結局それでは、あまりにも残念です。

ともあれ、ここまで付き合って下さったことには感謝しています。
一致点が見つけられなくても、ウェブ上の言論空間にこうしたやり取りが残り、これからも参照されるというのは重要なことです。
ありがとうございました。
投稿者:tu-ta
そうですね。意見の違いはネットでのやりとりだけでは埋まりそうにありませんね。でも、ぼくにはそれなりに有益なやりとりでした。いろいろありがとう。

で、
最後に一言だけ書かせてもらうと、問題は、じゃあ、そのように問題を立てたbanchouさんが自分なりの主張に沿って、具体的に運動を提起できるかどうか、ということだと思います。日本では、あれはダメ、これもダメ、韓国は素晴らしいと主張されることを否定はしません。そう、問題はその上で、日本でどのように運動を展望し、うんざりするこの世界を変えていく運動を作っていくのかということにつきると思います。

皮肉ではなく、本当に期待しているので、ときどきbanchouさんが試みていることをブログで報告してください。


http://tu-ta.at.webry.info/
1|2345
Powered by teacup.ブログ “AutoPage”