不 可 視 の 学 院

 

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投稿者:apoptosis
なかなか興味深い文章でしたよ。
あの人は事を実行に移す前から
現場に向かうまでの間に、随分と自分の
計画を書き込みなどで人に知らせていましたね。
警察も当日の書き込み情報を掴んでいた様ですね。
しかし警戒態勢はほぼ普段と変わり無し。
そして彼は誰にも阻止される事無く実行してしまったのでしょうか?。
その前から秋葉原のパフォーマー?などの
問題がメディアなどで、
特に同時期の事件前は良く報道されてました。
あの事件がきっかけとなって歩行者天国も
中止されたようですね。
恐らくは半永久的な中止でしょう。
結果的にあの問題?もある程度は解決を
見たという事なのでしょうか?
人は消費者として秋葉原に来てほしい。
しかし、自己的な目的は許さない。
日本の治安維持手法も随分とアメリカから
指南を受けたそうですね。
あの事件の背景はともかく、
あの日、彼を止める力は動いていたのでしょうか?
それとも、あえて止めていたのでしょうか?
疑ってもキリが無いですけどね。
自分には少し気になります。
ああ、ちなみに自分は
元自称ハードコアパンクでドラムをやってました。
今はブラックメタル好きな独り音作り家です。
物の見方、文脈を見れば妙な人間でない事は解りますよね?


投稿者:banchou
俺の世代は、ポスト・バブル時代に多様化したサブカルチャーに生きる道を見出だした人間が多いんだけど、結局、堂々と飯を食えてるのはアキバ系に行った人間だけなんだよね。それ以外のサブカルチャーは全部敗北した。
気がつけば、同い年の人間がネットカフェ難民だのワープアだのと言われて、そんなカルチャーなんか全部捨てた連中が、ネオリベライフスタイルに身を固めて金稼ぎに精を出してる。
で、飯が食えてるから、アキバは勝ち組なのかと言うと、それも違う。それは今回のテキストで書いた通り。
まあネオリベ戦士が兵隊アリだとすると、アキバは頭脳アリにされてしまったんだね。それだけの違い。
ようはサブカルチャー全部が敗北して、社会の安全弁にされてしまった。
行き着くところがスピリチュアルに自己啓発。カルチャーを装った洗脳と服従の最終形態。国全部がカルト化しちゃった。
今、オタクが必死に創価学会とかのカルトを叩いてるけど、あれはそのギリギリのところで踏み止まってる人間の恐怖なのかもね。辛うじて自分たちだけが理性を保っていると信じたいんじゃないかな。
そういう意味では、俺はオタクと他のサブカルチャーの間には線はひいてないし、自分がどっぷり入り込んでるハードコアだとかアングラ音楽のシーンなんてものも、結局同じだと思ってるからね。
何より今の俺自身が完全に、資本主義になけなしの給料を貢ぎ続けるレコードオタクだからね…。
だから、今回の文章を書いてて、自分に刺さってくる痛い部分もたくさんあったよ。
投稿者:banchou
まあ、ある意味過激な内容だから、反論が来るのは予想してたしね。
俺も記事の中だけでは言い足りない部分があったから、おかげで色々補足できて良かったよ。
世の中の雑多な人間によって構成される何かを、ひとつの枠にあてはめて論じる時に、こぼれ落ちてしまう要素があるのはしょうがない。
そういう意味では、今回こういう具体的で、ひとつ象徴的な事件が起きたことで、かなり強引にピントを絞って枠をはめることができたってのは言えるね。だから言い足りないこと、補足したいことはたくさんあった。
個人史的なことを言えば、俺は中学まではガンダムブームの波をモロにかぶったプラモデルオタクで、あのままいけば確実にオタクの第1世代か第2世代になってたと思うんだよね(笑)。
ちょうど思春期の頃に音楽に出合って、そっちに走ったから良かったんだけど。
今でもSFとかホラーは好きだし、その頃の素養は残ってると思うよ。
宮崎勤の事件もあって、マクロスなんかでロボットアニメが「萌え」化してく過程も見てて…ガキの頃に日本のオタクの最初の潮流が発生してるのを見てるからね。
その後も無意識にだけどずっと情報は入れてて。
ポスト・バブルのサブカル、インターネットの勃興、ITバブル、ベビーブームジュニア世代の多様化した文化とその敗北、2ちゃんねるの右傾化、「下流」文化やヒキコモリ文化との合体、海外への伝播とグローバルカルチャー化、「電車男」でのアキバ文化の浮上…一連の流れは押さえてきたし、リアルタイムで感じて、考えてきたつもり。
社会に出て入った業界にもオタクは多かったし、身近だったんだよね。
だから普通のそのへんの人よりも、この文化については詳しいつもりだし、嫌いつつもずっと気になってきたし、考え続けてきたんだよ。
「嫌オタク流」とかいう本もあったけど、結局あの文化が本当のところ何なのか、誰もちゃんと説明してない。
今回オタクについて書いた内容は、もしこの事件がなくてもいつか何かの形でまとめたと思うけど、でも難しかっただろうなと思うよ。
これでも十分極論的で、抽象的なのは自分でもわかってるつもりだけど、オタクをそれなりに愛憎持って見てきた俺の世代の人間こそが、こういうことを書かなければいけないって思ってる。
投稿者:pino
>んー、バンチョーの今回の文章がステレオタイプな嫌オタク論には見えないし(自身は嫌オタクではあるだろうけど)、もっとちゃんと(少なくても俺は)自分なりに考えてますから、この挑発はやや失礼。

確かにそれは認めます。
個人史的に思うところがあるトピックだったので
煽りが入ってしまいましたね。
色々と事件の背景を追いかけるとそこかしこに
身を切られるように痛い部分が出て来るので、
どうも異議申し立てのためだけに書いてしまった。

ここに書かれていることが様々な報道への対抗言論であるということを考えると、これでいいのかもしれません。上手く言葉にできない違和感は残っているのだけど、banchouの見立ては納得出来るし、いろいろと追記してもらって随分納得出来ました。
投稿者:かおすちゃん
>えっと、スルーしようと思っていたのだけど、
>あまりにステレオタイプなとこでみんな納得
>してるので

 んー、バンチョーの今回の文章がステレオタイプな嫌オタク論には見えないし(自身は嫌オタクではあるだろうけど)、もっとちゃんと(少なくても俺は)自分なりに考えてますから、この挑発はやや失礼。あとオタクについて客観的に考察されるとオタクサイドフォローとして必ず入るこの手の反論の仕方の方がややステレオタイプに見える。(いろんなオタクがいますよ!的な。それは今回の事件とあんま関係ない)

加藤は別に「金持ちアキバ」になれない焦燥感で爆発したわけじゃないから、オタク間格差もこの際あんま関係ないような。
投稿者:banchou
さらに補足。

今回の事件とそれをめぐる日本の世論の動きは、アメリカのコロンバイン高校の事件にぴったり重なると思う。
いじめられっ子だったトレンチコート・マフィアの二人は、なぜ『マトリックス』のような黒いコートを着て犯行に臨んだのか。なぜ、本来のいじめっ子である体育会の連中ではなく、有色人種の生徒を重点的に狙ったのか。
あれもやはり「文化」が生み出した犯罪だったんだよね。
しかし問題は銃規制の是非の論議の方にシフトしてしまった。マイケル・ムーアの映画もそれに一役買った。
あの映画はアメリカのガン・カルチャーについては鋭く突っ込んでいたけど、事件や犯人そのもの、その背後にあったカルチャーをちゃんと見つめるには到らなかった。
それにはもっと違う視点を持たなければならなかったのに。
まあムーアは活動家だからあれでいいんだけどね。
同じく、日本における派遣労働や格差の問題はもちろん重要だけど、それでこの事件を説明することはできないってこと。
それは歪曲であり、犯罪の犠牲者や、これから死刑になる加藤智大に対して誠実さに欠けると思うんだよ。
投稿者:banchou
今回のエントリーのテーマは、「なぜ、アキバだったのか」ってこと。
なぜ、アキバ系の男がアキバを襲ったのか。
なぜ事件の舞台は終始アキバだったのか。
なぜ普通の派遣労働者の若者が、六本木ヒルズや国会議事堂を襲う事件にはならなかったのか。
なぜ普通の非モテ男がお台場や東京ディズニーランドを襲う事件にはならなかったのか。
それに対するひとつの回答にはなってると思うよ。
例えば宅間守の事件について見る場合は、あの男が襲った池田小学校も含めた大阪のあの地域の、ゲットー独特の歪み、さらにはゲットーとそうでない場所との衝突・軋轢の構造を見ないといけない。
それと同じだよ。
アキバ系の男がアキバで起こした事件を見るには、やっぱりアキバそのものの歪み、アキバを取り巻く社会の歪みを見ないといけないってこと。
投稿者:banchou
補足としてさらにちょっと書くよ。

>それよりもはるかに2ちゃんねるの一部のスレで書かれているような、負け組、怨恨の文化空間が大きい。

って言うけど、その「文化空間」は、むしろ今回の事件によって形を与えられて新たに「出現」したもので、もとから確固としてあったわけじゃないと思うよ。
今後は大きなものとして存在していくだろうけどね。例の「蟹工船」ブームなんかと合体してね。
実際に格差社会の改善につながるうねりになるかも知れない。
そういう意味では加藤が政治利用されること、反格差の象徴に祭り上げられることは、悪いことじゃない。実際、政治家の間でも、今回の事件をきっかけに派遣労働制度を見直そう、という動きが出てきているらしいし。

ただ、加藤智大が属していた携帯掲示板の「文化空間」や、狭くて浅いアキバ系の友人のネットワークの中では、彼の怨み節に付き合ってくれる人間はほとんどいなかった。
その「文化空間」がちゃんと存在・機能してれば、加藤は秋葉原じゃなくてどこか本当に「格差社会の頂点」を襲撃のターゲットに選んだかも知れない。
しかし実際には彼は「俺はモテない派遣労働者で人生にアキバしかない、しかもそのアキバも何も与えてくれず、ただたかられるばかり」っていうコンプレックスと忿懣を抱えて孤独にさ迷ってただけだった。
そして自爆のターゲットにさえ、アキバを選んでしまった。

>と、まあ、そういうのをオタクやアキバって言うんだと言われればそうかもしれないのだけど、ひとくくりにするには母集団が大きすぎるのではと思うわけです。

だから、加藤が(辛うじて)属してたのは、そんな大きな母集団じゃなくて、もっと小さい母集団、あくまでアキバ系の文化圏でしかなかったんだよ。
加藤がその狭い文化空間から出ることは最後までなかった。
何しろ最後の最後でさえアキバのホコ天の「庭」の中で暴れ回って終わってるんだから。
投稿者:banchou
思ったんだけど、もし他のサブカルチャー、例えばパンクだね。ある若いゴリゴリのパンクスがいて、そいつが世の中にムカついて、無差別殺人を犯したとする。
それもすごくパンク的な手段でね。
パンクロックかけながら、シドチェーンで締め殺すとかさ(笑)。 パンクの名曲の歌詞通りのやり方で殺すとか。
しかしいざ警察がそいつの家を捜索してみると、そいつが持ってたパンクのCDは、ピストルズやクラッシュをはじめベタなものが数枚だけだった。
そいつは実際派遣バイト生活で収入も少なく、そんなにCDを買えるような環境になかったというわけ。
…その場合、そいつの犯罪は、果たして「パンク殺人」として捉えられるべきなのか?ってことなんだけど。
で、俺は、やっぱりそれはまさに「パンク殺人」だと思うんだよね。
(逆に、一流企業に勤めてて、家にパンクのレコードが何千枚あるような人間が犯罪を犯したとしても、それは意味が変わってきてしまうと思う。)
その場合、パンクという文化とメインストリーム社会との関係、その本質的な歪み(暴力性とかモラトリアム性とか…?)を論じるのは、いちばん的確なアプローチなんじゃないかな?
投稿者:banchou
あと、今回の文章を書くにあたっては、アキバ文化圏の内側のことよりも(極端な話、それは俺らが見るべきところじゃないと思う)、その外側、メインストリーム社会がアキバをどう扱ってきたか、という点に重点を置いてみている。だから「文化の衝突」って言葉を使った。
だからその「内側」の、アキバ系の兄ちゃんたちの間の個別の差異や「格差」も、あるのはわかってるけど問題にはしてない。
高度資本主義システム・高度競争社会が、いったんは「敗者」としてはじき出した人間を、ひとつの文化圏の中にどう囲い込み、「外側」からどうアプローチしてきたか。
それによってその文化圏=人間集団の在り方が、社会との力関係の中でどう歪んできたか。
それがテーマ。
加藤はその歪みを一人で背負ってしまったんだと思う。
それが今回の事件の本質だと俺は思うね。
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