というわけで、チベット暴動についてしつこく書いてきましたが、ここでひとまず自分なりの分析とまとめ。
以下はあくまで仮説なので、そのつもりで読んで下さい。
中国の支配に抗議するチベット人や僧侶たちは、これまでは非暴力を基本的な戦略としてデモなどを行ってきた。それが今になって、なぜこれまでにない凶暴な暴力行為や破壊に及んだのだろうか。いかにチベット人たちの鬱憤が溜まっていたとは言っても、今回の暴動が純粋に自然発生的なものだとは考えにくい。
では暴動を扇動したのは誰か。暴動は今このタイミングで、なぜ起きたのか。
ダライ・ラマとチベット亡命政府は、暴動発生直後からチベット人へ鎮静化を呼びかけ、わざわざ北京オリンピックへの支持を表明している。かつてはCIAのエージェントでゲリラの指揮官でもあったダライ・ラマだが、近年はチベット独立をあきらめ、チベット人の高度な自治の確立というラインまで要求を引き下げて、中国との対話路線を取ってきた。中国当局もそれにある程度応じてきた。
今のチベット亡命政府が1枚岩でないとしても、ダライ・ラマ本人は今回の暴動そのものには噛んでいないだろう。
では、「大紀元」が主張するように、
現地の警官がチベット市民の中に潜入して暴動を扇動した、という説はどうだろうか。
「大紀元」は、中国当局がチベット人にわざと暴動を起こさせ、武力弾圧の口実にしたと主張している。しかし中国当局にとって、オリンピックを控えた今この時期にチベットで騒動が起きるのは、最も避けたいことだったはずだ。
現在の主席である胡錦濤の出世の糸口になった1989年3月のチベット騒乱の時は、天安門事件の直前で、中国共産党は体制転覆の危機に直面していた。騒乱自体が、天安門の民主化要求デモとリンクして、西側によって意図的に起こされた可能性も高い。2008年の現在とでは全く時代状況が違う。
今の中国政府にとって、暴動をわざわざ起こしてまでチベットを武力弾圧するメリットは何もない。
現時点で考えられる最も妥当な線は、チベット市民や僧侶たちの中でも、ダライ・ラマの妥協的な姿勢に飽き足らない過激な独立派が、亡命政府の意向を無視して独断専行で暴動を組織したというものだ。その場合、話はもっとシンプルになる。
現に、インド亡命チベット人による「チベット青年会議」をはじめとする複数の独立派団体の代表者たちが、
暴動の直後にダライ・ラマ批判を行っている。彼らのような国外の過激派が、現地のチベット人を煽動した可能性は充分にある。
以前の記事では、今回の暴動の背景には、外資系の上海派と中国共産党エリートである北京派との権力闘争があるかも知れない、と書いた。
直接には、上海派の習近平と北京派の李克強の次期主席を巡るせめぎ合いがあったが、それだけに留まらず、今後の中国の舵取りの主導権を巡って、上海派が党中央の権力基盤を揺さぶる武器として、チベット問題を使い始めたのかも知れない。
よく指摘されるように、胡錦濤をはじめとする北京派は、人民解放軍にコネがなく、軍を十分掌握しきれていない。究極のコネ社会と言われる中国では、権力者といえどもコネがなければ何もできない。
中華人民共和国は、有名な「鉄砲から政権が生まれる」という毛沢東の言葉に象徴されるように、共産党が人民の選挙によって選ばれたのではなく、武力によって政権を取ってできた国家だ。そのため人民解放軍は、共産党政権の正当性を保証する重要な存在であり、文民統制が徹底している他の先進諸国の軍隊とは違って、独立した強大な権力を持っている。中国は実質的に軍事国家であると言ってもいい。
胡錦濤は、89年のチベット騒乱の時には、軍服にヘルメットをかぶり拳銃をぶら下げた文官らしからぬ出で立ちで、現地で自ら指揮を取り、容赦なくチベット人を武力で弾圧した。胡錦濤はその活躍をトウ小平に認められてスピード出世を果たしたが、裏を返せばそれは、本来武闘派とは程遠い共産党エリート文官だった胡錦濤の、精一杯のマッチョ・ポーズだったとも言える。
それに対して習近平は、外資系の上海派でありながら常務委員の中で唯一軍歴があり、軍部に強いパイプがあると言われる。習近平の妻は有名な人民軍の軍隊歌手だ。
今回の暴動を直接扇動したのが現地警察である場合、上海派と結託した軍と地元警察が連携してわざと暴動を煽り、流血の事態を引き起こしたと考えられる。89年の騒乱の際にはほとんど外に漏れなかった、軍に殺されたチベット人の写真が、今回に限って海外メディアに流出しているのも、もしかすると軍がわざと情報を漏らしているのかも知れない。
仕掛人が誰にせよ、今回のチベット暴動が、オリンピックまで半年を切った土壇場で、流血の事態を起こして国際世論を中国政府非難に傾け、あわよくばボイコット運動を起こさせて北京オリンピックを失敗させるために起こされたことはまず間違いないだろう。
ではその黒幕は、このブログで散々書いてきたように、やはりCIA=アメリカなのだろうか。
現在のアメリカは、世界戦略を転換して、単独覇権主義から多極主義に移行している。
田中宇氏が長年指摘してきたように、冷戦後のアメリカ政府中枢では、単独覇権主義者と多極主義者の暗闘が続いてきた。
単独覇権主義者(ユニラテラリスト)は、ネオコン一派に代表されるようにイスラエルロビーと新保守主義の影響下にあり、軍事力で世界を動かし、中東にも積極的に介入していこうとする勢力だ。それに対して多極主義者は、中国やロシアなど世界各地の勢力を伸ばしてアメリカと並び立たせることで、力の均衡を生み出して世界情勢を安定させ、軍事力ではなく資本の力によって世界を動かそうとしている。
イラク戦争の失敗によって単独覇権主義者の影響力は衰え、現在のブッシュ政権は多極主義者が主導権を握っている。戦争大統領ブッシュは完全に死に体で、任期満了を待つだけになっている。
資本家の利益を代表する多極主義者としては、中国には順調に発展を続けて欲しいはずだ。オリンピックを成功させ、先進国の仲間入りをして、経済大国として欧米の多国籍企業の商品を買ってもらった方がいい。
何より中国には、アメリカ帝国主義の没落と共に下落する一方のドルを支えてもらうという、重要な役割が期待されている。
多極主義者が主導権を握った現在のアメリカにとって、チベットで騒乱を起こすメリットは少ない。
現に、中国がチベットで流血の事態を起こしているというのに、アメリカの反応は鈍い。アメリカは長年、人権侵害国家の年次リストに中国を加えてきたが、今年になって「人権状況は改善された」として、そのリストから中国を外している。
結論から言えば、僕は今回の暴動のバックにはイギリスがいるのではないかと思っている。
第二次大戦後のイギリスの国家戦略は、アメリカを影から操って単独覇権主義的に行動させ、イギリスの覇権の肩代わりをさせることを中心にしてきた。二度の世界大戦と植民地の独立によって、大英帝国はその広大な版図を失ったが、代わりに超大国になったアメリカの軍事力をイギリスの利益になるように動かしてきた。
イギリスは独立戦争での敗北以来、アメリカに対して様々な工作をしてきた。あまり知られていないが、南北戦争もイギリスに操られた南軍によって仕掛けられた国家分断工作だった。
そうした工作が失敗に終わると、今度はイギリスはアメリカの支配層を取り込み始めた。いわゆる東部エスタブリッシュメントをイギリスのエージェントとして育て、上流階級、政財界、諜報機関、シンクタンクを手の内に収めて、アメリカの政策や軍事戦略をコントロールしてきた。CIAのような組織も、イギリスのSIS(通称MI6)をモデルに作られ、諜報活動のノウハウと活動のフィールドをそのまま受け継いできた。
また、ネオコン一派のバックにいるイスラエルロビーとは、言いかえればイギリスの世界戦略のために働く連中でもある。イスラエル自体がイギリスの世界戦略の道具として作られた国家だからだ。
今回のチベット暴動に外国の諜報機関が何らかの形で絡んでいるとすれば、それにはCIAよりも、SISやイスラエルのモサドが重要な役割を果たしている可能性があると言われている。
もともとチベットに最初に干渉工作を始めたのはイギリスであり、アメリカが戦後それを受け継いだという経緯もある。
上海派が単に上海の外資=ウォール街の企業家の利益を代表しているなら、むしろ彼らはチベットの騒動を好まないはずだ。彼らは中国に多額の投資をしているし、中国の政治不安から世界経済に不況が来るような事態は避けたいと思うだろう。
しかし、上海はただの経済都市ではなく、戦前、まだ上海租界だった頃から、イギリスの帝国主義者の活動の本場でもあった。イギリスがアメリカに南北戦争を仕掛けたように、中国に分断工作を仕掛けても不思議はない。
アメリカの単独覇権主義が終わり、基軸通貨がドルからユーロに代わるのを見越して、今後イギリスはアメリカを見限り、EUに軸足を移していくだろう。
世界的な金融の中心はニューヨークからロンドンに移行し、大英帝国が再び歴史の表舞台に現れてくる。
2008年3月のチベット暴動は、その一里塚として、後世に語られることになるかも知れない。

ロンドンのヴォクスホールにあるSIS本部ビル。
[参考]
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米露の接近、英の孤立 (田中宇の国際ニュース解説)
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米露の接近、英の孤立(2) (田中宇の国際ニュース解説)
[追記]
さらに大胆な新説。
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仮説:中国政府は上海を独立させる為にわざとチベット問題を煽っている?
「…私の考える答えは、「中国を支配する上海閥は上海を中国から分離独立させることを狙っているがきっかけがない。そこで、チベットの分離独立を煽り、チベットの独立と同時に上海も独立させるシナリオを立てている」というものだ。チベットは国際的圧力に敗北して渋々独立を承認するという形にする。恐らく、一定期間香港のような一国二制度を適用し、その後独立の可否をチベット人の住民投票で決定する、という様な形になるのではないか。そして、近日中に上海でも独立を求める官製デモが起こり、最終的に上海はチベットと同時に一国二制度の適用や独立を獲得するのではないだろうか。」
「このシナリオでは、独立を獲得するチベットと上海が勝者となる。上海は貧しい地方を支援する為に中国政府によって多額の税金を徴収されており不満が高まっている。上海が中国本土を不良資産としてリストラし、これまで収奪されていた税金を自らの為に使えば香港に並ぶ地位を獲得できる。上海閥にとっては願ってもない話だ。上海閥は北京閥に破れて失脚したと言う説もあるが、羽田と上海虹橋空港を結ぶ路線が依然として運行されていることからも、現在の中国政府は上海閥に支配されていることが想像される。」
少なくとも上海派の動きとしては、自分の今までの分析とも矛盾しない。
習近平が次期主席に決まったことから見ても、上海派はもはや中央の権力を半ば掌握している可能性はある。しかし100%ではないから、北京派への圧力として、チベット騒乱が必要になるということ。
で、今後この筆者の言うようにすんなり行くとはとても思えない。中国は内戦状態になるんじゃないだろうか。
あるいはその代理戦争を、今チベット人がやらされているのかも知れないが。