2001年にインド在住チベット人により制作され、英BBCで放映されたドキュメンタリー『
THE SHADOW CIRCUS - The CIA in TIBET 』。
1957年から1969年にかけて、CIAはチベット人ゲリラの中国に対するゲリラ戦を援助する秘密作戦を行っていた。
このプロジェクトはコードネーム「ST CIRCUS」と呼ばれ、チベット国内の2ヶ所の基地で約3000人のチベット人工作員に武装と軍事訓練を施し、活動資金を与えていた。1959年にダライ・ラマ14世がインドへ脱出した後は、作戦はネパール北西部を拠点に続行された。ダライ・ラマ14世の亡命を支援したのももちろんCIAだった。
これはCIAの秘密作戦の中でも、最も長く続けられたもののひとつだったが、1969年にCIAは突然この作戦を中止した。現実主義路線のキッシンジャーが対中融和策を打ち出し、米中が国交正常化したためだった。
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CIAとチベット…THE SHADOW CIRCUS (現役雑誌記者によるブログ日記!by オフイス・マツナガ)
「…こうした本をよむと、CIAとチベットの関係がよくわかる。
>1950〜60年代、チベット人たちは中国軍の侵攻に対して抵抗軍を組織した。圧倒的な武力を持つ中国人民解放軍の前に、原始的な武器と馬で立ち向かうチベット人…というイメージが強いが、抵抗軍の中にはアメリカでゲリラ戦の訓練を受けて送り込まれた精鋭もいた。
>抵抗運動の中心となったのは、現在四川省となっている東チベット出身のチベット人(いわゆるカムパ)たち。1959年にダライ・ラマ14世が亡命した際、国境まで護衛にあたっていたのも彼らだ。抵抗組織のうち最大のものは、リタン出身のゴンポ・タシが率いる「チュシ・ガントゥク」(四つの河六つの山脈)だった。
>ダライ・ラマ14世の2番目の兄ギャロ・トンドゥプ。中国人の妻を持つ彼は、チベット現代史の陰の主役だ。常に法王にかわって“汚れ役”を務めてきた(今なお務めている)存在とも言える。法王が北京を訪れた1951年前後には、すでにCIAと接触を持っていた。 CIAはチベット人にゲリラ戦や諜報活動の訓練を施し、装備とともにチベットにパラシュート投下する作戦を展開した。どれほど効果的だったのかは定かではないが、CIAは確かに一時期、チベットに何らかの形で介入していたらしい。
>コロラド州のキャンプ・ヘイルで訓練されたチベット人の数は259人にのぼるという。ダライ・ラマ法王が亡命した後も、抵抗軍はネパール国境のムスタンを拠点として戦いを続けた。
>しかし、アメリカと中国の政治的接近によって見捨てられることになる。1974年、ムスタンにたてこもっていた義勇軍は、カセットテープに吹き込まれたダライ・ラマ法王による説得のメッセージにより、ネパール軍に投降したとされている。…」
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THE SHADOW CIRCUS - The CIA in TIBET 1
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THE SHADOW CIRCUS - The CIA in TIBET 2
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THE SHADOW CIRCUS - The CIA in TIBET 3
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THE SHADOW CIRCUS - The CIA in TIBET 4
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THE SHADOW CIRCUS - The CIA in TIBET 5
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THE SHADOW CIRCUS - The CIA in TIBET 6
ダライ・ラマ14世は、ノーベル平和賞も受賞するなど、欧米諸国や日本ではまるで非暴力の平和の使者のように扱われているが、そんなものはただのイメージに過ぎない。実際のダライ・ラマは権力に固執するウサン臭い生臭坊主で、実質的にCIAの現地エージェントだった。
ダライ・ラマ14世のWikipediaにも
以下の記述 あり。
「CIAとの関係
1998年10月2日には、ダライ・ラマ14世側はCIAから170万米ドルにのぼる資金援助を1960年代に受けていたことを認めた。援助資金は、志願兵の訓練や対中国戦用のゲリラへの支払に費やされた。またダライ・ラマ14世への助成金は、スイスや米国での事務所設立や国際的なロビー活動にも充てがわれた。長年にわたってチベット独立運動を支援したCIAの秘密工作は、中国・ソビエト連邦などの共産圏を弱体化させる目的の一環でもあった。」
もともとチベットは、古くから中国の歴代王朝に支配されてきた地域で、完全な独立国だったことはなかった。
それが1911年の辛亥革命によって清が倒れたことで、一時的に権力の空白期間が生まれ、ダライ・ラマ14世の先代にあたる13世が、イギリスの力を背景にチベット独立を宣言した。
辛亥革命当時のチベットは農奴制で、農園主が多くの貧しい農民を奴隷として支配しており、仏教寺院はその寄進で成り立っていた。ダライ・ラマは「生き仏」としてその社会制度の頂点に君臨していた。
しかし中華人民共和国が成立し、1951年に人民解放軍がラサに進駐してチベットの社会主義化を開始したことにより、その地位を失った。
ダライ・ラマ14世は、自身の権力を回復するために、CIAの支援を受けて1956年に武装蜂起を起こし、チベットを独立させようとした(
チベット蜂起 )。これは清王朝が滅びた後、ラスト・エンペラー溥儀が日本の支援で満州国を建国したのによく似ている。
しかし1959年、この蜂起は人民解放軍に鎮圧され、ダライ・ラマ14世はインドに亡命した。この時、人民解放軍によってチベット人の虐殺や寺院の破壊が行われた。(ちなみにチベットが最も過酷な迫害を受けたのは、1966年に始まった文化大革命の時だった。チベット民族は「ブルジョア的存在」と規定されていたため、寺院や文化財は徹底的に破壊され、僧侶や旧貴族をはじとする多くのチベット人が虐殺された。)
ダライ・ラマ14世はインドに亡命政府を作り、CIAの支援でゲリラを養成し、中国国内に送り込み続けたが、1974年、米中の雪解けによってゲリラ作戦は中止になった。
それ以来、亡命政府は宙ぶらりんな立場に置かれているが、ダライ・ラマとチベット独立運動は、今もアメリカをはじめとする欧米諸国が中国に揺さぶりをかける最大の政治的な武器となっている。
「ST CIRCUS」が終わったからチベットへのCIAの工作が終わったか、というとそんなことはない。
チベットと隣接するネパールは、1970年代からCIAの重要な活動拠点になっている。
2000年にはチベットの「生き仏」
カルマパ17世のインド亡命をCIAがバックアップした とも言われている。カルマパ17世は雪のヒマラヤ山脈を徒歩で越えたということになっているが、実際はCIAのチャーターしたヘリコプターでゆうゆうと亡命したんじゃないの?という話。
ちなみにダライ・ラマとチベット亡命政府のバックアップを続けているのは、CIAを仕切っているロックフェラー財団だ。
ロックフェラーは1960年代にはチベット学研究センターを設立するなど、早くからチベット仏教を支援しており、例の「チベタン・フリーダム・コンサート」の資金も、フロント組織を通じて拠出したと言われている(ソース未確認)。
亡命時、袈裟2枚しか持ち出せなかったというダライラマが亡命政府を築くことができたのも、世界各国に代表部を置いていられるのも、アメリカとロックフェラーの支援があればこそだ。
インドのチベット難民部隊SFF(The Special Frontier Force=特殊国境部隊)を閲兵するダライ・ラマ14世。
で、なぜ今の時期にチベット暴動が「起きた」かについては、以下の記事が関係あるかも?…という話。
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台湾総統選:チベット暴動で国民党・馬氏に逆風
【台北・庄司哲也】台湾総統選の「ラストサンデー」の16日、与党・民進党と最大野党・国民党は台湾全土で大規模集会を開き、支持を呼びかけた。中国で広がるチベット族の暴動は、総統選にも影響を与えており、中台融和を訴える国民党の馬英九候補(57)には逆風が吹いている。
台北市内で大規模集会を行った民進党の謝長廷候補(61)は「馬氏は以前、台湾の前途は、中台の人々が共同決定すると言ったが、どういう意味か。今日のチベットの事態が、未来の台湾だ」と、馬氏を批判した。
集会は、中国が台湾への武力侵攻に法的根拠を与えた「反国家分裂法」制定から3年を迎えるのに合わせて開いたが、劣勢な謝陣営は、中国で相次ぐ暴動を「追い風」にしたい考えだ。
中国は総統選で馬氏の当選を期待。馬氏は「チベットの自治、風習、宗教は尊重しなければならない」と、中国の鎮圧を批判しているが、総統選で中国との和平協定締結を目指す考えを表明しており、暴動は不安材料になりそうだ。
(毎日新聞 2008年3月16日)
3月22日に予定されている台湾の総統選挙は、民進党の謝長廷候補が劣勢だったが、チベット暴動をきっかけに攻勢に転じているらしい。
4年前の総統選挙では、投票前日に陳水扁総統狙撃事件が起こって、同情票で民進党が勝利したが、この狙撃事件もやらせだったというのがもう公式の定説になっている。これも民進党を勝たせるためのアメリカの工作という説がある。
だいたい台湾自体が、中国に対するアメリカの圧力の拠点として存在している国なのであって、アメリカは今後、このチベット暴動をきっかけに、北京オリンピックのボイコットもちらつかせながら、チベット/台湾の両面から中国を追いつめていくことができるわけだ。
さらにもうひとつ説が出ているのが、この間まで中国の国会にあたる全人代で副主席が誰になるかが争われていて、それとの絡みだというもの。こっちの方が話がでかい。
今回の副主席に選出された者は胡錦濤の後を継いで次期主席になると言われており、胡錦濤/温家宝系の「北京派」で共青団人脈の李克強と、江沢民系列で「上海派」の習近平の対決になっていた。
共青団(共産主義青年団)はゴリゴリの共産党エリートを育てる組織で、北京派の中核を占めている。共青団出身者の人脈は地方を基盤に持っており、北京派は中国の国内勢力(共産党組織)の利益を代表している。
それに対して上海派は、「中国の中の外国」と呼ばれる国際都市・上海を基盤に持ち、外資(=ウォール街=アメリカ=CIA)の利益を代表している。
ようは、何らかの形で北京派=共青団系が勢力を増す動きを察知したCIAが、上海派をバックアップするためにチベット暴動を仕掛けたのかも知れない、という話。
で、案の定、副主席には上海派の習近平が就任した。
次期主席が習近平になれば、江沢民時代が再来して中国は再び外資天国になり、中国人民の労働力はどんどん海外に大安売りされることになるだろう。中国国内の混乱はさらに深まり、共産党政権の基盤は弱体化する。
一方、89年のラサ暴動の虐殺で名を上げた胡錦濤の後継者で北京派の李克強が主席になれば、共産党の権力もしばらくは安泰、チベット統治はさらに強化され、暴動も起きなくなるかも知れない。その代わり共産党の腐敗体制は温存され、中国は覇権主義を強め軍備を増大させるだろう。
乱暴にシナリオを書けばそんな感じか。
中国政府がかつてチベットに対して侵略や虐殺をやり、現在も強権的支配で抑圧していることは否定しない。僕が今の中国共産党政府についてどう思っているかについても、先の記事で充分書いたと思うので、ここではわざわざ書かない。
中国政府に少しでも分別があるなら、欧米に付け込まれるばかりのチベット問題からはさっさと手を引けばいいのにと思うが、中国のあらゆる国内問題は中央の権力闘争の具になっているので、どうにも身動きが取れないのだろう。
いずれにしても、こんなウサン臭いことに一世紀以上にも渡って巻き込まれて、人生を棒に振ったり命を落としたりしているチベットの民衆が気の毒でならない。
欧米にとってチベットの独立や人権などどうでも良く、チベット人もただの使い捨ての駒に過ぎないのだから。
SFFの落下傘部隊。彼らの9割が出撃したネパールの基地へ帰還しなかったという。
…それにしても、こういう背景を知ってる人間にとっては、ハリウッド芸能人の尻馬に乗っかって単純に中国政府を批判したり、ダライ・ラマを持ち上げたりしている連中は、はっきり言ってアホにしか見えない。
ここに書いたような情報はちょっとネット上を回ってみればいくらでも転がっているし、そんなこともせずにチベットのことを心配してみせるのは、本当にチベット問題なんかに関心があるんじゃなくて、ただ関心があるふりをしてるだけだろう。
チベットについてヘタに考えることが、なまじ考えないで生きてるよりもさらにのん気さを醸し出してしまうあたりに、現代人の生きにくさが現れているように思う。
チベットを「鯨」に置き換えたり、「地球温暖化」に置き換えてみても同じことが言えそうだけど。