いやーCAPITALIST CASUALTIES!先週に輪をかけて素晴らしかった。(写真は昨日のじゃないですが。) 本当に凄かった…。
ライブとしても最高のノリだったし、個人的にも今年のベスト・モッシュって感じで大いに楽しみました。もうあのまま死んでも良いと思った。
しかしやっぱりパワー・バイオレンスは人気あるなあ。
確かによく考えたら、今の東京のハードコア・シーンで活躍してるベテランのバンドは、こうした90年代パワー・バイオレンスの第一世代が盛り上がってる時に出てきた人たちで、それらのバンドが今でも現役で活躍している。
その時期に登場したバンドは、日本のハードコアが伝統的なジャパコアから脱皮して、USハードコアを中心としたグローバル化されたハードコア・シーンの影響下に残した最初の成果だった。
音楽的に直接の影響はされてなくても、 ジャパコア系やニュースクール系以外の今の日本のほとんどのハードコア・バンドはCAPITALIST CASUALTIESの子供たちだと言っていいかも知れない。
そういう日米の熱い絆を確認できたという意味でも、10年以上も東京のモッシュピットに居て本当に良かったなと思えた一夜だった。
Power Violence Forever!
†
昨年放映されてかなり話題になったフジテレビ系のドキュメンタリー『ネットカフェ漂流』が、
FNSドキュメンタリー大賞を受賞したということで再放送をやっていた。インターネットカフェで寝泊まりしながら日雇いの派遣労働をするニュータイプのホームレス、いわゆる「
ネットカフェ難民」についてのドキュメンタリー。
初めてちゃんと観ることができたのだが、凄い衝撃を受けた。これが世に言う「ワーキングプア」の現実なのか…。
5年半の小泉政権の新自由主義政策の果てに産み出された現代日本の労働者の極北の姿がこれだ。それは自分が普段生きている華やかな大都会の風景と背中合わせに重く横たわっていた。
密着取材されている人はほとんどが僕と同じ年齢の団塊ジュニアばかり。あの就職氷河期にいい就職先を探せず、あるいは不況と規制緩和によって職を失い、フリーター生活をしてきた人たちだ。
彼らはひと晩1000円ちょっとの「宿泊料」を払ってネットカフェの個室に寝泊まりし、あるいはマクドナルドなどで夜を明かして、朝、日給8000円程度の派遣労働に出かけていく。駅のロッカーに荷物を預け、せめて身なりだけでもきれいにしようとコインランドリーで洗濯をする。コンビニ弁当より安いというファーストフードや牛丼チェーンで食事をとる。そうした出費で、わずかな収入は消えていく。
仕事も毎日あるわけではない。日給制だが給料は月払いのため、給料日までわずかな所持金を食い潰しながらギリギリの生活が続く。
もう何年もそんな生活を続けているが、アパートを借りるためのたかだか20〜30万の金が貯められないがために、そのサイクルから抜け出せない。住所不定のままではまともな職など見つからない。健康を害している人も多いが、健康保険にも加入していないから医者にもかかれない。
表情に生気はなく、街を歩き回り、路上をさまよい続けるその靴底はすり減っている。
…もちろん人それぞれ、そうした状況に陥った事情は違うだろうし、本人の甘えもあるだろう。単に格差社会という言葉では説明できないのもわかる。しかしこの社会が、その足もとから凄いスピードで崩壊してきているのは間違いない。
それでも、その流れを押し止めようと奮闘している支援団体や、フリーター/派遣専門のユニオン(労組)がある。一般企業では労組離れが進むこの世の中で、全国の顔も知らない労働者と「連帯」し、「団体交渉」(!)で理不尽な解雇を撤回させたアルバイターもいる。プライドが邪魔して支援団体の世話になれない人もいるが、それを吹っ切ってようやく足場を築き、新しい生活への一歩を準備し始めた人もいる。彼らの表情には一抹の輝きがあった。
今は他人事のような顔をしていられるが、僕だって彼らと同じルンペン・プロレタリアートだ。いつ同じ立場に転落するかわからない。
こうしてのうのうと生きているホワイトカラーの人間から安易な連帯感なんて表明されたくもないだろうけど、彼らには本当に頑張って欲しいと心の底から思う。
どんなに厳しい状況下でも、希望を失わず、人間の尊厳を取り戻す戦いを続けて欲しい。
僕もそんな彼らから生きる勇気をもらおう。
†
Out of the night that covers me,
私を覆う夜の中から
Black as the Pit from pole to pole,
鉄格子の間にひろがる牢獄の暗黒
I thank whatever gods may be
神がどんな存在だろうと私は感謝する
For my unconquerable soul.
我が魂が決して征服されないことに
In the fell clutch of circumstance
残忍な情況の手の内に落ちてなお
I have not winced nor cried aloud,
私はひるみもせず 大声で叫びもしなかった
Under the bludgeonings of chance,
運命の棍棒に打ちのめされ
My head is bloody, but unbowed.
頭からは血が流れているが私は屈しない
Beyond this place of wrath and tears
この憤怒と涙の地の彼方に
Looms but the Horror of the shade,
亡霊の恐怖だけがはっきりと見える
And yet the menace of the years
そして何年間にも渡る脅迫も
Finds and shall find me unafraid.
私が今も恐れてなどいないことを思い知るだろう
It matters not how strait the gate,
その門がいかに狭きものであろうと
How charged with punishments the scroll,
どうして裁きのままに罰を受けることができようか
I am the master of my fate:
私は我が運命の主であり
I am the captain of my soul.
我が魂の指揮官なのだ
(19世紀のイギリスの詩人ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩「Invictus」より。
オクラホマシティ連邦ビル爆破事件で死刑になった
ティモシー・マクヴェイが遺書の中で引用した。)

Fulani L. Carter "JonBenet Meets Timothy McVeigh at Heavens Gate"
Acrylic,airbrush,collage on canvas 8' x 6'