不 可 視 の 学 院

 

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投稿者:banchou
コメントありがとうございます。
おっしゃっていることはある面では真実だと思いますが、では実際に移民にそうした平等な機会が与えられているか、というと、そうとは言い切れないのではないかと思うのです。
もちろん国や時代、移民の出身国によっても事情は様々でしょう。
在日コリアンに限って言っても、戦前と戦後では状況も違うでしょうし、アメリカの移民などは、アイルランドやイタリアなどの比較的古い移民と、近年のヒスパニック系の移民とでは社会的な立場が格段に違うはずです。
古い移民の地位が向上したと思えば、新しい移民がまた別の地域から入ってくる。
安い労働力を安易に受け入れて、社会の底辺を構成させ(しかもそのために自国の労働者の職を奪い)、その上にあぐらをかいてうわべだけの繁栄を謳歌するような社会である限り、不幸な歴史は延々と続くでしょう。
ご先祖は大変な努力をされたのだろうと思います。それを否定や批判するつもりは一切ありません。
しかしそうやって努力の結果、社会的地位を獲得できるのは移民のごく一部でしょう。人間は強い者、努力が報いられる者ばかりではありません。
また、自分の意志で渡って来た第一世代はともかく、生まれつき移民としての立場に置かれた二世・三世は、その境遇から逃れることはできないのです。
ご先祖も、同朋をだし抜いて自分だけが出世したい、などとは思っていなかったと思います。帰化にしても、差別を打ち破りたい、正当な権利を得たいと願った末の苦渋の決断だったかも知れません。
そうしたことを全て、個人の努力の問題、としてしまっている限りは、それこそ移民問題は永遠に解決しないでしょう。
移民問題には二つのフェイズがあると思います。
既に入って来た移民をどう処遇するか、ということと、これから入って来る移民をどうするか、ということです。
この二つは全く別の問題です。
既に国内に住んでいる移民に対しては、国民としての平等な権利を認め(例えその人たちが民族的アイデンティティを保つために、母国の習慣を変えようとしなかったり、帰化することを拒否しても、です。)、これから国内に入ってくる移民(というよりそうした移民を受け入れて利益をあげようという行為)に対しては厳しく制限すべきだと思っています。
投稿者:綾乃
移民問題は永遠に解決策はないと思っています。
なんといっても「個人の努力」しかないのです。
差別的な環境があるのは当たり前の前提条件のもと
現実に立ち向かって、努力するのみです。
私自身、私の祖父の代は在日韓国人でした。
父の代で日本に帰化し、父も努力しました。
私は両親の努力を見て育ったので、生きることは努力と強くなることと思っています。
移民問題は究極、「個人の努力」。
そして、移民を受け入れざるえない国の寛容的な社会の基本的受け入れ・・「努力した者には、その分だけ報いられる」それが一番の解決策だと思います。
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