一昨日、フランスの暴動について書いた後、『憎しみ』の映画に対する個人的な思い入れはともかく、移民問題については色々と言い足りない部分があるような気がしてきたので、補足代わりに、普段自分が考えていることをまとめてみた。たぶん認識不足や誤認もあると思うので、より詳しい人にフォローをして頂けたらと思う。
ヨーロッパの移民問題とは一体何なのか。そもそも移民たちはどうして「そこに居る」のか?
たぶんほとんどの日本人は、そのあたりの事情を知らない。だからマスコミなどで今回のヨーロッパの暴動についての報道を見ても、どうしてこういう事態になっているのかが理解できない。
洋の東西を問わず、移民についてよく言われるのは、「俺たちの国に好き好んでやって来て勝手に住みついたくせに、郷に入っても郷に従わず、文句ばかり言って好き放題をやっている。」といったことだ。
表面だけを見れば、ある意味でそれは真実だろう。しかしそれは本当だろうか。本当に彼らは、「よそ様の国に好き好んでやってきた厄介者」なのか。
まず基本的な構造として、多くのヨーロッパの移民たちは、かつての植民地からその宗主国にやってきた、という事実がある。
例えばフランスのアラブ系移民は、アルジェリアなどの北アフリカのアラブ圏諸国から、アフリカ系移民は、セネガルなどの西アフリカ諸国からフランスにやってきた。またイギリスの黒人は、多くがジャマイカをはじめとする西インド諸島からやって来た。
第二次世界大戦後、植民地の多くが欧米列強から独立したが、それら植民地のほとんどは、独立後も旧宗主国の隠然とした政治的・経済的支配を受け続けた。そのため植民地の原住民は、従来の帝国主義大資本の搾取に加えて、新しく台頭してきた自国出身の支配者にも搾取されるようになった。
さらに独立をめぐる混乱で社会の発展は遅れ、植民地時代よりさらに国が貧しくなる場合もあった。民衆は今までと変わらない、あるいは今まで以上の貧困の中に置かれた。
一方、戦後ヨーロッパ諸国は、戦争で荒れ果てた国土を再開発し、工業化を進めるために、安価な労働力を大量に必要としていた。そのためアラブやアフリカなどの旧植民地から、大量の移民を積極的に受け入れ始めた。
旧植民地の民衆は、植民地時代の怒りは胸にしまい込み、先を争って移民船に乗り込んで、かつての宗主国である新天地ヨーロッパを目指した。
また、旧植民地体制のもとで宗主国に奉仕していたために迫害を受け、祖国を脱出しなければならない人々も、多くが移民としてやはりヨーロッパに渡った。(この構図は、ベトナム戦争後のアメリカのベトナム系移民にも共通する。)
ヨーロッパ諸国に入国した移民たちは、第一世代は焼け跡のバラック、第二世代は大都市郊外の低家賃の集合住宅を与えられ、一般の市民とは隔絶した地域=ゲットーに押し込められた。
彼らは一般市民がやりたがらない労働をはるかに安い賃金で引き受け、社会の底辺で蔑視を受けながら働いた。彼らの労働力によって、戦後ヨーロッパは復興と工業化、経済成長を成し遂げた。
しかし移民たちには高等教育の機会も与えられず、人種的・民族的な差別もあって、社会的上昇の道は閉ざされていた。先進国の支配者にとって移民は所詮使い捨ての労働力であり、経済成長が終わると同時に彼らは社会のお荷物になった。ゲットーは職のない若者であふれ、スラム化し、犯罪が蔓延した。
警察はこうした移民街に対する取り締まりを強化し、差別意識も手伝って、非人間的な抑圧を日常的に加えるようになった。これに反発する若者たちは、さらなる犯罪と暴動で応じ、自分たち自身のコミュニティをも破壊しながら騒乱を繰り返してきた。
…こうした構造はヨーロッパ諸国に限らず、全ての旧植民地宗主国、帝国主義国に共通して見られるものだ。
日本も、多少の違いはあってもその例外ではない。
遅れたアジアの小国として出発した日本は、明治以降、急速な近代化を成し遂げ、帝国主義列強の覇権レースに加わって、中国大陸や朝鮮半島をはじめ、多くの植民地を獲得した。そして労働力を朝鮮半島などの植民地から輸入した。
その結果、在日朝鮮人はまさにヨーロッパの移民やアメリカのヒスパニックのような移民社会を構成し、市民権も与えられず、差別と迫害を受けながら暮らしてきた。
さらに戦後は、表向き移民政策こそとらなかったものの、実質的な輸入労働力である多くの「不法就労者」を入国させて、底辺労働に従事させてきた。
また外国人ではないが、東北などの貧農地域から都市部に労働者を集め、高度経済成長の礎にした。成長の停滞と共に使い捨てられた彼らは、現在の東京や大阪などの高齢化したホームレスの中で多数を占めている。
さらに成長期には東南アジアから売春婦を、バブル時代以降は多くの中近東系労働者を輸入した。近年ではそれらの人々に加えて、旧共産圏や中南米からの労働者、ブラジルなどの日系移民の子孫も目立つようになった。
移民の増加は、旧来の労働者階級との間に対立を生む。
ヨーロッパでは安価な労働力の流入によって職を奪われ、あるいは賃金相場を引き下げられた労働者階級は、移民を敵視し、迫害を加えるようになった。それによって彼らの階級的不満が支配層からそらされるという構図は、かつてのユダヤ人迫害と同じものだ。
さらに70年代以降に世界的に起き始めたのは、新自由主義(ネオリベラリズム)政策によって生まれた新たな没落市民階級が、ゲットーへ繰り込まれるという現象だった。
70〜80年代のラテンアメリカ諸国や、サッチャー時代のイギリス、レーガン時代のアメリカで起きたように、福祉の切り捨てと逆進税制は、経済不況と重なって多くの失業者を生み出し、市民を路頭に迷わせた。彼らはやむなく移民の暮らすゲットーやそれに準ずる地域に住むようになった。そして没落した市民階級の不満は、ハケ口を求めてさらに移民へと向けられた。
2000年代の日本でも、規制緩和という名の新自由主義政策が始まった。
企業の正社員を減らして非正規雇用労働者=契約・派遣社員やアルバイターを増加させ、新たな下層階級を生み出し、低賃金労働を担わせようとする政策だ。これによって企業は人件費を削減し、バブルの後遺症から抜け出すことができた。
さらに政府は、金持ちや大企業を優遇する一方で庶民に重税を課し、階層構造を固定化しようとしている。これもまたサッチャー政権下のイギリスで起きたことだ。
外国人の移民を使役することに飽き足らなくなった支配層は、今度は自国の市民をその身分に落とそうとする。
最近日本でバカ売れしてベストセラーのトップになっている
『下流社会』という本がある。
どんなにふざけた本かは、わざわざ読まなくても、普段はリンクを貼るのをやめている↑のamazonのページのカスタマーレビューを読めばわかる。
この本を書いた人間は、到来する新自由主義時代を先取りして、人間が人間を見下すための新しい口実を世の中に提供し、未来の差別を早くも正当化した。
階級社会を構成する人間は、いつでも他の人間を見下すための口実を探している。それが人種でも民族でも宗教でも学歴でも何でもいい。自分より下の存在がいるということで、安心感や優越感を得たいのだ。
この本を読んだある者は、自分が「下流」に属していないことにホッと胸をなでおろし、「下流」の人々のことを軽蔑する一方、自分を末端に加えてくれた支配体制に感謝し、忠誠を誓う。またある者は、自分が紛れもない「下流」に属していることを知って、より支配体制に順応することで、どうにか上の階級へとはい上がろうとする。
どちらにせよ、体制側にとっては都合の良いことばかりだ。
移民問題とは、単なる人間の移動や居住の問題ではない。民族や人種や宗教の問題でもない。
人間が、同じ人間を見下し、低い地位に押し込め、自分たちの奴隷として使役することで繁栄する社会構造の、根本に根ざした問題なのだ。
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放火減少、自警団などが奏功 非常事態法発令のフランス
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一方で、仏植民地だったアルジェリアで非常事態法が激しい弾圧に用いられた記憶を持つ移民も少なくない。ドビルパン首相は「メディア規制はしない」と約束したが、人権団体MRAPは「構造的な人種差別の出発点となったアルジェリア戦争での法律を、移民が多い地域に適用するのは恥ずべきことだ」と批判した。(11月10日 朝日新聞)