子供の頃、祖母に連れられて石切神社に行った。
上り下りの長い坂道、古い薬屋のひなびた看板、漢方薬屋の店にあるお腹を切り取って内臓を露出している人体模型、分厚いガラス瓶に押し込まれているマムシ、私の脳裏に常に神社の薄暗い気配とシンクロしてそれらのイメージが出てくる。
いつぞや、親から絶対開けてはいけないと言われていたお守り袋をこっそり開けて見た。
袋の中には幾重もの紙に巻かれて最後の紙に描かれてあるのが、柳の木の横に昔の死に装束をした足の無い人物の絵であった。
大事なものの結末が実にたわいない事であったような、何か解せない思いが尾を引いている。
今になり稲荷山や貴船・鞍馬、または恐山のお山巡りをして写真の題材を集めているのは、日本人の土着信仰すなわち毛穴の一つ一つに染込んでいる生活風俗の中に私自身の遠い家族との記憶(家族は短命で既に他界した)の残像を心奥に追い求めているからであろう。
写真は伏見稲荷、稲荷山の奥にある大岩神社の神籬-ひもろぎ-である。神籬とは日本人の古代神道における神が宿る場所-よりしろ-とするものである。
私は一神教を信じる故に日本人の元と言うべき古代神道を否定はしないが私自身は崇める対象とは見ていない。


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