川南造船所跡を訪ねて空路佐賀に飛んだ。
着陸間近の窓の外にはビルはおろか人家が見当たらない。
地平線まで薄茶色に染まった畑が続いている。
それらは大麦であり今は収穫期であることを後で知る。
佐賀からJRと松浦鉄道を乗り継ぎ現地、浦ノ崎へ。
川南造船所は戦時中は軍需工場として輸送艦や人間魚雷回天等を製造していたと聞く。今では建物だけが取り残され夥しい夏草に呑み尽くされていた。
内部もまるで原野に還りつつあるかのようであった。
当時はここに3千人とも4千人とも言われる人たちが働きに来ていたらしいが柱にかかれてある標語のみがそれらしく痕跡を残していた。
歴史が進み今となって、人が人の命を奪う戦争の愚かさや空しさを知る事ができるが当時の人々はどのような思いで作業に掛かっていたのであろうか。
唐津街道を隔て無人駅を通り越すあたりに防空壕の跡があった。
軍需工場を抱えるこの地には頻繁に空襲があったそうである。
防空壕も川南工場跡も現在では貴重な戦争遺構であり保存に力を入れて欲しいと願う。
今は余りにも野晒しのままの状態になっている。
ネットのユーチューブ、にこにこ動画サイトに静止画をムービーメーカーで動画に繋いだのをアップしている。
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http://www.nicovideo.jp/watch/sm7180087
http://www.youtube.com/watch?v=hSG1W7UG2YA


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