知人が難病になった。
先日、団地のエレベーターホールでばったり出会った。
久しく会っておらず年月の経過が知人を別人のように見せていた。
聞いてみると肺が固まる難病らしくステロイド剤の投与に京都大学病院まで通院していると言う。
一つ年下の旦那さんが自営業で家計を支え、営業資金に四苦八苦しながらも二人の息子さんを大学まで上げ、ようやく子育てから解放されこれからと言う矢先の出来事である。
知人は今まで私の知る限りにおいていつも誰かの心配をしていた。
敬虔なクリスチャンで主日礼拝は欠かしたことがない。
教会においても婦人会の中心にいて人と関わる事を喜びとしておられるかのように雑事をこなしておられた。
年老いた父親を看取り痴呆の叔母の介護に明け暮れ一段落ついたところで今度はご自身が難病と向き合って行かなければならない。
クリスチャンはこの地上の歩みにおいて勝利している。
世に言う「勝ち組」「負け組み」の価値観が違う。
勝利する者とは自分が何処から来て何処に行くのか確信を得ていると言えるであろう。
これからこの地上の歩みにおいて残された時間を知人は多くの人に生きた証となり続けて行かれるであろう。
「驚くばかりの恵みなりき。この身の穢れを知れる我に。
恵みは我が身の恐れを消し、まかする心を起こさせたり。」
聖歌229
写真は恐山。トイカメラ「ホルガ」で撮らせて頂いた。


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