石川賢先生の訃報に続いて…
▼というより、今年上半期には佐々木守氏が鬼籍に入られて、それもかなりショックだった。
20年ばかり前、テレビ業界入りたての坊やだった頃、師匠である大家の監督ドラマ作品を少し手伝わせて頂ける僥倖を得た。脚本・構成にあたり、「彼に頼むか…」と師匠が少し長電話した後、事務所にふらりと現れたのが佐々木先生だった。腰が抜けた。
2時間を超える長尺モノで、国内ロケ・海外ロケ・ドキュメンタリー部分と入り組んだ作品だったが、監督の事務所に2日こもっただけで少し丸めた背中を微動だにせず、一気に完成稿を仕上げられた。速筆は噂に違わず、とひとり感動したものだった。
俺はただその後は会話させて頂くような余裕もなく、佐々木先生のト書きどおりにライブラリフィルムを抜き出しただけだったけど。その後ドラマ界にい続ける根気がなかった…という体たらくで、二度とお会いできなかったけど。
▼そして、実相寺昭雄監督までが鬼籍に。
俺がこの業界入った頃は、コダイグループさんが「コダイ通信」というのを付き合いのあるプロダクションさんに配られていた。実相寺さんてマメなんだなあとか思ったが、思い返せばびっしりとコダイの動向を几帳面に書いておられたのが川崎郷太監督(当時助監督)だったのだ。
それこそ実相寺演出に恋して憧れて学校出立てで、そういうモノに触れられたというのは実に貴重な体験だった。上に書いた理由で、その後は監督のおられる世界からは離れる一方だったけども。
本当に『怪奇大作戦・京都買います』と『ウルトラセブン・円盤が来た』『同・狙われた街』の3本はテープが擦り切れるまで見返した。映像作品にはスタイルというモノがある、というそのもっとも根源的なコトに気付かせてくれたのがとりわけこの3つだったのだ。映像のフレームを切るだけでなく、音の演出があるというコトを実にピュアに見せてくれた教科書だった。
▼後年、長野県旧中仙道の古い宿で、故・東野英心さんレポートのグルメ番組のディレクターをしたとき、今がそのときだ!…とばかりに『京都買います』のラストシーン一連の実相寺スタイルを真似て演出したのが懐かしい。
ひどい話、東野さんはほとんどセリフがないというグルメレポ。田舎に存分に浸る、というコトをテーマにして頂き、セリフやレポートを最小限に控えて、決め込んだアングルの中で徹底的に俺の考えを話して「ハマって」もらった。
今俺がプロデューサーで、そんな演出するヤツが付いたら怒鳴っているだろう。後にも先にもソコまで自己満足で撮ったコトはない。恵まれていたんだなあ、とか。
▼こうして想い出語りができるくらいに、実相寺・佐々木コンビ作品は俺の中で相対化はされていたらしい。しかしながら、石川賢先生の方はまだ尾を引いていたりする。そもそもマンガ描くのを辞めたのは、「俺が読みたいマンガは石川作品でしかない」と、そう思ったのがキッカケだったからなあ…と少し冷静になってきたアタマで振り返る。
しかし、やはり自分の感性を育む時代の中に、どっしりと腰を据えておられた方々が亡くなるのは、こんなにも辛いモノだとは知らなかった。
多分それは、まだまだ先を走り続けておられるはずだ、と思っているからだろう。無理だ、近寄れもしない、そういう人たちが突然去ってしまうコトが信じられないのだ。