映画『DEVILMAN』で
Blog検索掛けてみたのだけど、一時のマンガファンや映画ファンが、自分の経験で見た時の感情を自分の言葉で語ろうとしていた時から様相は一変。
より面白おかしくまとめたレビューページにリンクを張ってそれで良し、といった現象へと零落し始めましたな。リンク先は大体3ヶ所くらい。
や、確かに一種の技能がある人でもない限り(俺には無垢の魂がないのでその技能はない)、『DEVILMAN』は怒るでもなく笑うでもなく、どうしようもなく反応に困る映画なのよ。だからこそその持って行き所のない感情をどこかしらにぶつけたくなるんだとは思うんだけど、そこで起こすアクションが何で「リンク」なんでしょうね?
…いやまあ、この映画の感想に限ったことじゃないんだけど。
ぅふわあがあぁぁ(田んぼから空を見上げる明・クレーンup)。
それにしても、後悔することしきりの公開日よりかれこれ2週間。この間俺が何が辛かったかというと、映画『DEVILMAN』関連ではあるものの、原作マンガ版と1972年アニメ版『デビルマン』とは基本的に関係ない出版物を購入しない、という行為。
それとともに、映画『DEVILMAN』景気を当て込んで発売される玩具もスルー。
コレクターなんつー歪んだ性癖を持つ人種である俺としては、粘土こねただけにしか見えないバカグッズでも、どう見たって那須監督より原作への愛情もへったくれもないようなオヤジが描いたろう無版権イラストモノでも、琴線にびびびと触れれば、親の仇に出会ったかのようにレジへ運んでしまうワケですが。
いかんせん、この映画がらみの商品は牧歌的にバカやってる時代のモノと違って、マジだ。決して手を抜いた仕上がりではない。コレでコアとなる映画がキチンと出来てれば、例えば裏側も知りたくなるだろうし、伝説となるフィルムの反芻のためにフィギュアも狩ろう。
でもなあ。あれだもんなあ。
ぅふわあがあぁぁ(田んぼから空を見上げる明・クレーンup)。
一応、原作の復刻と蛭田版の復刻、巧みに映画への言及を避けているが故に愛ある編集(田中亮一インタビューは貴重!)の『甦るデビルマン』は積極的に狩る。この日をともすれば忘れてしまいやしないかと、自戒のために『公式バイブル』も狩る。コレで終わり。
衣谷遊の画集はかなり自分の中で葛藤があったんだけど、どうせ実現してない話を読んで、死んだ子の歳を数えるようなマネをしたくなかったので、我慢に我慢を重ねて、ようやく書店でも冷静にスルーできるようになりました。どうでもいいコダワリですが、あのクソくだらない内輪しか見てない映画への声なき復讐であります。
…ぅふわあがあぁぁ(田んぼから空を見上げる明・クレーンup)。