公開から2週間、雑誌「サイゾー」にも制作裏事情の噂を引いて、ネットにはびこる酷評の嵐を採り上げていたけれど、そういった中、勇気あるBL作家さんが敢えて
評価するエントリーを上げ、
公式Blogにトラックバックしていた。
残念ながらそれは
先のエントリーで俺が語っている感想を覆すものでなく、その方にとって、俺(やおいダメ人間)の言葉の一部はキズすら負わせるものであろうコトは想像がつく。どうも俺の心は無垢ではないらしいし(無念)。
実際にBL、やおいな方々はある断片や相関関係から、想像(妄想)するのは得意だろうから、この映画もそういう意味でのきっかけはそもそもカットカットにはあるんだろうなというのは、観た時からある程度予測はついていた。
俺の見立てでは、それは即ちこの映画が持つ欠陥でもある。
この映画を見た時に思ったのは、「起承・起承・起承…(転なきまま)…結」の構造である。それは制作サイドだけに留まらない構造によって産み出されたものなのだろう。恐らくは完成した映画の前半の要素でもって本来の形があったのではないか、という想像と無縁ではない。屋上屋を架した構造が脚本上でも、編集上でも感じられるのだ。
…それはある1カットでの了役・伊崎右典の髪の生え際が黒いコトに象徴されてて、苦笑をも誘うのだけれど。
更にこの映画は、未完成の素材の羅列になっている。原作を換骨奪胎する過程で、双子を明と了に配し二人の愛をクローズアップする一方で、ある意味全くかみ合わない、オリジンな美樹とミーコの友情物語(空中分解アリ)をも入れ込み、重層的にしようとして裏目に出ている。
で、ありながら原作の要素をかいつまみ、未消化のままほおり出している。ジンメンが原作に反することまでべらべら言葉豊かに喋る割に、闘わずしてワンパンチ・ノックアウトされるコトに象徴されてて、やっぱり苦笑を誘うのだけれど。
しかしだからこそ、妄想の隙、感情移入の隙は幾らでもあると言える。そういう親切なお客にとっては、この映画はアリなんだろう。ある象徴的な断片を意図的に、分からないように繋ぎ合わせて観客の想像力を喚起する鈴木清順監督のような作品もある。
もっともこの「DEVILMAN」の場合は期せずしてそうなったようにしか見えないけどね。だからこそ俺は映画としてもNOなのだ。
シレーヌさんの肉弾戦は本来の那須監督の指向なんだろうなあ、多分かなり切り落としてるけど。オチすらついてないけど。まあオチがあればエライというものでもないしな。そうか?
これらの要素のピックアップの仕方自体は、「原作完全実写化」ではなく「那須ネオデビ」+「東映特撮班&アニメネオデビ」というのなら、ありなのだろう。たぶん。
…俺はヤだけどな(笑)。
ところで、このBL作家さんのBBSが早速荒らされているようだ。
実に分かりやすい「デビ叩き」の一環だ。攻撃心剥き出しのサディスティックな欲望だけの反射的な発言には、正直閉口せざるを得ない。このままスルーした方が実はダメージを与える分には観客の戦略として正しいんだけど。ネット以外で悪評広めて行かせない方が余程効果的だ。現に尋ねられたら俺はそうしている(笑)。正直叩くほどのエネルギーが出る映画じゃないし。
まさか、現場スタッフの不満分子が今になって煽ってるんじゃあるまいな…実は。なーんて考えるとちょっと怖くなった。…ナニ、それも妄想ですがね。

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