さて。見た感想をトラックバックするところが見当たらないので、試写会のところへ。
<付記2004/10/21>---------------------------------------
初日舞台挨拶からかれこれ2週間近くなって、ようやくの記事エントリー。なぜそうなったのか、なぜこれまで初日以降の感想をトラックバックするところがなかったのか。公開すればそれで終わり…であるかのような気すらしていたが。
ということで、改めてトラックバックするべきところにしておく。
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非公認ファンサイト「ビバ!ダイナミック」の管理人です。
正直なところ、映画「DEVILMAN」に対する今のところの評価は、クソ映画だと貶すほど偏った何かがあるワケでもなく、褒める、あるいは信者として擁護するほど、原作のカラーがあるワケでもない…という、何かを語る気力が萎える作品でしたね。
いや、見てる時は色々あるんですよ。具体的に挙げるとキリがないので、その辺は一々書きませんけども。
▼一つの問題。
永井豪という作家の一つの頂点であり、非常に作家性が強いところで描かれていて、当時のリアルを切り取っているメッセージ性色濃い作品。それだからこそテレビタイアップ企画ながらそれ以上の「作品」であるこのマンガ・デビルマン。
しかし出来た映画は、それぞれのパートの持分しか見えない。このプロジェクトを率いた人間の強い意思は感じなかったっすね。那須監督といえど、この映画の「顔」に見えない。
▼もう一つの問題。
明と美樹がストーリーラインの主役でありながら、状況を説明するのみで、テーマを体現する主役はミーコである点。
シレーヌとは戦いながら決着なきままサタンに邪魔され、ジンメンは格闘なきままワンパンチ。そもそも対するデーモンがことごとくデーモンらしい攻撃もせず、人間が放つ銃弾に変身もせず倒され、人間の天敵に見えないので、明の戦いに悲壮感がなく、ヒーローに見えないのだ。そもそも明、別に悪魔と合体しようとか一度も考えてないしな。
「あーおれでーもんなっちゃったよー」
「はっぴーばーすでー、でびるまん」
美樹は、弱っちい明の尻を叩く女の子から、明の全てを受け入れる女性へと成長する過程こそ見せ場なのだが、映画ではささやかな幸せ家族・幸せカップルが壊れることを恐れるだけの存在で、そこに何か自覚的な意思はない。大体最期の言葉がなぜ「明くん」でなく「おとうさん。おかあさん、ごめんなさい」なのよ。酒井彩名が実に好演しているだけに可哀想である。
サタンはと言えば、思わせぶりなセリフを口にするばかりで、人間へデーモンへ何か行動するでもなく、ナルシスティックな銃器マニア(ガン=カタなんだろうけど、そうは見えない)っぷりを見せ付け、あまつさえ最後に「笑った、明が笑った」と意味不明なつぶやきを発するのみである。
一方でミーコは学校でイジメられ、悪特隊に追い詰められながら、デビルマン化することで自分の存在をキチンと捉えることに成功し、ストーリー後半ではデーモンすら倒してススムちゃんを救いだし、更には人間へ絶望しながら悪特隊を斬り(キル・ビルなんだろうけどそうは見えない)、ラストシーンで、強く生きていく姿を見せ、一番ブレのない主役となっている。渋谷飛鳥も好演、ススムちゃんの子役とあいまって、唯一映画らしい部分だ。
…だが、それすらも、いじめっ子に襲われた際、胸をはだけ…るかないかというところで、ぶしゅーっと汁出て地球儀でなく同級生何人か溶かして、ススムちゃんの両親惨殺して、キル・ビルもどきのツマラン殺陣じゃなく汁と爪と牙で悪特隊なぎ倒して、サタンに挑むデビルマン軍団の大将になれば…という注釈つきにて。
ミーコがココまでテーマを体現してしまったのはなぜか。
そう、原作の上っ面をツマミ食いし、その本質には迫らないままに逃げた挙句、勝手に別のキャラに主役を負わせただけ。脚本の那須真知子氏のインタビューによれば、「シレーヌの死」と「美樹の生首」と「明の半身」を秤にかけたというが、そのどれもキチンと向き合わず「絵」として描写しているだけではないか。
▼ファンによる二次創作で、特定のお気に入りキャラに思いを託すようなものなら微笑ましいが、「原作完全実写化」と銘打ちながら、原作から「逃げた」ストーリーの罪は重い。どだいコアなファンはお呼びでないというコトなのかもしれないが。
▼それがゆえに、見終わった俺は「誰に怒るべきなのか」「ナニを踏みにじられたのか」というコトに対して回答を見つけられないまま、釈然としない想いを抱えてしまった。その二つとも、顔を持って俺の前にいないのだ。
細かな描写の違いとか、T-VISUALつーかCGの使いどころの問題とか、デザインとかそういうコトは二の次だ。
コレは俺の愛するマンガ『デビルマン』ではない。おそらく関連商品もDVDなどのソフトも手を出すことはないだろう。傍から見ればどーってコトないたった一人のこだわりだが、マンガごときにウツツを抜かしていい年迎えたオヤジの意地である。
▼舞台挨拶で永井豪先生は、疲労の溜まったご様子で、しかしそれまでのパブリシティインタビューとは違う言葉を発した。「私の原作の全ての要素が入ったわけではないが…」あくまでコレは那須監督のDEVILMANである、と。それでいいのだ。
永井豪原作マンガ『デビルマン』はいささかも変わらずそこにある。
俺にとってはこの映画はもうどうでもいい。怒る気力もない。