何気なく拾った言葉の断片が、時に果てしのない拡がりを見せる日もある。
一人の詩人が、偶然に口をついた何かを叫んで、北の野へ旅立った。
<一幕>
クソ面白くもない会社をサボり、普段そう親しくもない男の家で。
慣れないパソコンに苦労してネットの渦に身を任せる。持ち主と同じように、謎めいたデスクトップは、突然こちらの意図に反して奇妙なストリームヴィデオを流す。
ああ、仕立てのいい上品な部屋だ。
そこにはクソ面白くもない、自称「ギャグ」を一体誰に向けてか延々と喋り続ける、生理的に受け付けないタイプの男がただ映るのみだった。撮り手知らず。
<二幕>
そこは突然、俺を仲間の一人に加えたつもりの連中が、ただ享楽的に騒ぐ場所になっていた。
ある者は今度発売される玩具化された少女の姿を伝えるレポートに見入り、
ある者は架空の正義に一喜一憂し、
ある者は今の会社での自分の待遇を声高に怒り、罵り、
しかしそれ以上何かを起こすわけではなく、例えばある者は「自分を強くする」とそう信じながら自動車のサスペンションを固くすることに命を掛けていた。
俺は大きな、そう自分でも驚くくらいの声を上げて、そいつのクルマ(いや、それは正確にはガランドウのボディだけだった)を殴りつけ、したたかへこませた。しかしそいつはブツクサ言いはしたものの、それ以上俺に関心を払わなかった。そして、他の数人の「仲間」とボディの凹みを直す作業に向かう。
<三幕>
そこはまた、空想の正義をともに鑑賞する場へと変わる。30分の正義と悪のドラマが終わる頃、その正義を空しく反芻する連中の言葉が飛び交う。だが画面は既に変わり、連中と親しいはずの男がどこかへ旅立った話を始めている。しかし誰もそれには気を払わなかった。
俺はここから出ることにした。小便がしたかったからだ。
<四幕>
小便をするなら公園だ。気兼ねなくトイレに入れる。…だが、公園には賑やかな子供たちが、何やら自分の順番を待って幾重にも列を成している。
よく見ると、彼らは口々にセリフを練習している。その姿を見ながら俺は小便に向かう。列を整理する様々な人種の女の子たち。その中でもひときわ目立つ、唯一のアジア系外国人の少女が俺を制止する。片言の日本語で。
俺はトイレに入りたいだけなのに、公園は貸切で無理なのだそうだ。少女は今後俺のような男がまた来ないように、公園管理事務所へ行った。
俺は仕方なく、近くの喫茶店に入る。用を足したお礼に、とコーヒーを飲むことにする。らせん状の店の中、ふと俺の口をついて「何気なく拾った言葉の断片が…」。そうつぶやきながらコーヒーをかき混ぜ、空いた席はないのか、とらせん状の店を上っていくと…
俺より明らかに大人な原田芳雄似の男が、「なあ、おい」と俺を呼び止める。俺は気にせず席を探す。「いいのか?あいつはただ北へ行きたかっただけなのに」云々とまくし立てる。
ああ、そうだった。あの男が旅立った本当の理由を俺は知っている。しかしあの男の目論見は失敗したのだ。国家の手先がそれをさせてくれなかったのだ。さっきの大人な男が、そのことを俺に言い続ける。「いいのか?おい!」でも俺は思う。「コーヒーが甘いな」
そう。俺に何かが出来るわけでもないのだから。

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