実はこれ、結構注目してたんよ。
毎日新聞の英語版の記事のコラムの内容が無茶苦茶やったという一件な。
熱心にまとめている人がいるので説明はそちらに譲るが。
http://www9.atwiki.jp/mainichiwaiwai/pages/1.html
毎日新聞が坊主懺悔という結末に至った。
http://www.mainichi.co.jp/home.html
なんでこれに注目かというと、毎日新聞に対してはこういう因縁あったからだ。
http://black.ap.teacup.com/despera/249.html
これはこういう「公式的な」展開をしてみたのだが、一切反応は無く、
http://palestine-forum.org/action/media/20061101-mainichi.html
で、その後、毎日新聞に電話してみたら、なんかむかつくクソボケのお客様係りのおっさんが出てきて、大層ぶちきれたのであった。
まあそれは思い出すだにムカツクのであるが。
でな、やっぱりデモとかしてやんなきゃダメだろうかとか、そういう話じゃなくて、というか特定の新聞社に謝らせるとかそういう話じゃ既にないのではないかと思うのだ。
インターネットというものが普及しだしたのは1995年だったか、んで98年ぐらいにはかなり一般化したんだったか、要するに10年ぐらいしかネットの歴史というものはないわけだが、当初のマスメディアのインターネットに対する態度はこういうものだった。
「インターネットは便所の落書きである。」
誰でも同じ地平で発言できてしまうインターネットは、当然にも玉石混合となり、「発言に対する権威」を売りものとするマスメディアは情報の取捨選択がなされるから、マスメディアは「便所の落書きではない。」と、こういう話であった。
ところがいま発生している現象とは、「マスメディアの便所の落書き化」である。
「ネットがマスメディアを飲み込む」という言い方が為されてきたが、実際に起きた現象とは、読者が新聞を読むことをやめてネットを見るということだけではなく、ネット、いやはっきりと「2ちゃん」と書いた方がいいのかもしれないが、マスメディアに書いている奴も2ちゃんを見て記事を書くようになり、そして2ちゃんに書いている奴もマスメディアの奴、というような状況にまで至っているのだ。
で、「ネットに書かれたことをそのまま事実だと思い込むようなアホ」の発生、これが我々のこの社会にもたらしている否定的な事柄の何割かを占めてしまっている今日この頃だと思うが、そういう種類のアホがマスメディア内に跳梁跋扈してしまっているという状況。
こういうのって、ポストモダン状況だか平滑空間だかなんだか知らないが、基本的には「アホ」で済ませるべきだと思う。
無論、これは毎日新聞という一定「マトモ」だとみなされているメディアで発生した事象であるからこそ、このような形で問題が焦点化するのであって、「諸君」「正論」「サピオ」とかいうあたりでは、本当にいちいち突っ込みだしたら年中突っ込みっぱなしになるぐらいにえらいことになっているわけで。
んでな、実は、原則的にはアホもカシコも同じように発信できるというネットの特性、俺みたいなもんでも発信できて人様に文章を読ませたりできてしまうということって、ほんまは肯定的なことであり、そうであるからこそ、「腐ったマスメディア」に対しても対峙構造作ったりできるわけなんだが。
ていうか、マスコミもそもそも「便所の落書き」やったんが、それが「便所の落書きである」という事が顕在化するようになっただけなんかもしれへんな。