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2018/7/8

訃報:Henry Butler 1949-2018  ニューオーリンズ

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2016年4月23日、ニューオーリンズ・ジャズフェスの
ジェリー・ロール・モートン・トリビュート・セットに登場したヘンリー(手前)。
奥にいるのはDr. Michael White、Leon “Kid Chocolate” Brown
(c)Photo by Masahiro Sumori. All rights reserved.

ジャンルを超えて活躍したニューオーリンズのピアニスト、ヘンリー・バトラーが7月2日、ニューヨーク市内で亡くなりました。68歳でした。死ぬには早すぎると言わざるをえません。とても残念です。

昨年2017年1月にステージ4(末期)のガンであることを公表し、その後も活動を続行したヘンリー。彼を支援するためのクラウドファンディングサイトも立ち上がり、多くの寄付が寄せられましたが、病魔を克服する事はできなかったようです。

ヘンリー・バトラーがステージ4のガンに (2017/1/17)
http://black.ap.teacup.com/sumori/1720.html

並外れたテクニックを持ち、アヴァンギャルドな側面も見せながらバリバリ弾きまくるスタイルは好みが分かれるところですが、類い稀な天才だったのは誰もが認めるところではないでしょうか。

1948年9月21日、ニューオーリンズに生まれたヘンリーは、緑内障のため生まれて間もなく視力を失ってしまいました。盲学校に通い、トロンボーンなど様々な楽器を習い、6歳の頃からピアノをプレイするようになりました。

1986年、ジャズのレーベル、インパルス!より「Fivin’ Around」でアルバム・デビュー。しかしその後の活躍はジャズにとどまることはなく、R&B、ブルースなど、ジャンルの枠を感じさせない自由なプレイでファンを魅了しました。

2005年にハリケーン・カトリーナで被災したあとは、コロラドに移住し、その後ニューヨーク市に定住しましたが、最近まで定期的に故郷ニューオーリンズに戻ってきてプレイをしていました。

来日も1993年を始め、計4回しています。最後は2008年のビルボードライブ公演。このときはソロではなく、ニューオーリンズ・オールスターズ名義でシリル・ネヴィルやジョージ・ポーターJr.らとステージに立ちました。

多くの個性的なピアニストを排出したニューオーリンズから、また一人偉大な才能の持ち主がいなくなってしまいました。ご冥福をお祈りします。

【過去の来日公演レポート】
New Orleans All Stars (2008/8/13)
http://black.ap.teacup.com/sumori/156.html

Henry Butler (piano solo公演) (2006/7/15)
http://black.ap.teacup.com/sumori/27.html
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