子供の部屋から出てきた、要らなくなった世界史の教科書を読んでいたら、面白くってやめられなくなっちゃった。だって、モハメット(ムハンマド)が啓示を受けたのは、実はキリスト教の大天使でもあるガブリエルからだった!とか、びっくりするよーな話がいっぱいなんだもん。中学の時に習ったはずなのに、その面白さが分かるよーになった頃には、内容はあらかた忘れていたわけだ。あーもったいない。
実は同じことは、乳ガンになって、いろんな情報を集めていた時も経験していて、思わず自分の病気の参考にしていることを忘れてしまったくらい。人体がこんなに面白いともっと早く分かっていたなら、医者を目指したのにー…なんてことは、もちろんありませんがね。
でもこのときに中学高校程度の知識を再確認したおかげで、その後の病気や治療に対しての見方が変わったのは確か。薬品や治療器具にイジョーなほど関心を持ったり、ときどき病気が他人事みたいな気がしちゃうのはちょっとヤバいけど、あらためて知識ってのは、自分の病状を理解するためとかだけじゃなくって、物事を客観的に見るには欠かせないなーと思ったね。
しかしまー、こーゆー知識の有無なんてのは、最凶の考える「患者格差』にとっては、それほど大きな問題じゃないと思う。自分が納得してて、出した選択の責任を自分で取るつもりなら、知識がなくてもかまわないんじゃないでしょーか。(もちろんすべて知りたくなくて、決定の責任も医師に押し付けちゃうなんてのは論外だけど。)
問題なのは、知識のなさが現代の医療や科学への反感につながって、それを否定する意識に育つこと。たとえば「先生にすべてお任せします』って言っちゃうのも、医療や科学に全幅の信頼を置いてるからってわけじゃなくて「どーせ分からないから』とあきらめて、疑問や不安をむりやり押し殺してる場合が多いんじゃない?。そーなるとたとえ医師に何の落ち度もなく、病気の性質上治療がうまくいかなかったときにも、「現在の医療のレベルならしょうがない』ってふーには納得できず、不満が一気に吹き出ることになる。
どんな高度な医療を受けたとしても、患者の意識が同じなら、これは変わらないだろーね。こーゆー意識の問題が「患者格差』だと言いたいわけ。
メディアが医者たたきを繰り返して、受け手のカタルシスを満足させよーとしてるのも、多くの人が密かに抱えている、こーゆー心理を嗅ぎ取っているからに違いない。
んでもって、わっけ分からない現代科学より、「飲めばなおる』式の分かりやすいインチキ医療や疑似科学情報のほうが、ばんばん垂れ流されるよーになるのも、不安やフラストレーションを手際よく解消してくれて視聴者にも受けるから。
おまけにその手の情報の発信者は、自分の正当性を主張するために既成の医療や科学を攻撃しがちだけど、これを盛んに紹介するってのは、送り手の側に多い文系の人間が、自分も不得意だった理系科目へのコンプレックスやルサンチマンの解消まで意図してるよーにも見えるんだけどどーよ。
オカルト全盛の今のテレビなんか見ると、けっこー図星じゃね?。うぷぷぷぷ。
逆に現代の医療や科学にも限界はあり、現在も試行錯誤を進めつつあるという現実については、分かりやすく伝えることがなかなかむずかしい。
すげーレベルの低い医療バラエティでも、医者がちょっとややこしい説明をはじめると、奈美悦子みたいなのが「だから結論は何なの?』とすぐつっこむけど、あれがまさに医療や科学に対する多くの人のスタンスなんだろーね。中身の分からないブラックボックスでも、自分に都合がいいように動いててくれりゃそれでいいってセンス。根拠なんかいらないの。
ま、これって政治なんかについてだってそーだけどさ。思い通りに動いてくれずに、裏切られるってところも含めてね。
でも医療や科学に対するこーゆー姿勢って、それとの関係なしでは生きていけない現代人にとって不幸なんじゃないでしょーか。つーか、教会の言ってることを疑わずにいた、中世ヨーロッパの人間と変わんないし。メデイアによる魔女狩りみたいなバッシングがしょっちゅうおこるのは、そんな民度の表れか?。
そー考えると「患者格差』の背景にあるものは、すごーく大きくて深い問題だと思う。情報格差や地域格差が無くなれば、ガン医療のかかえる矛盾が解消されるなんて考えていたら、ハッキリ言っておめでたいね。もっともこれって、ヘタすると「ベンキョーしない患者は医療の恩恵は受けられません』と受け取られかねないから、みんなビビって口にしないんだろーけどさ。
人気blogランキングへ←こんなことばっかり言ってると、乳ガン界で魔女狩りされちゃうかな。そーいやジャンヌ・ダルクに例えてくれちゃう人もいるし。参ったなー。ま、ご理解いただけたらクリックをよろしく。