*聖婚の儀(7)*
「姫様!」
そんなシャイアのもとへ、先に退出していたメロルが走ってきた。シャイアはまだぼんやりした顔でメロルの方を見る。
「姫様、申し訳ございません、私のような者のために…。このご恩は忘れません!本当に、ありがとうございます!」
メロルにそう言われても、シャイアは何も答えなかった。
「姫様…?」
「メロル、こっちへ。」
いぶかしむメロルを、シャイアは廊下の隅へと引っ張って行った。
「ど、どうなさったのですか?」
「どうもこうもない、今までの話し方ではいけないと言われたのだ!一体どうしゃべっていいのかわからない!」
「え、あ、はあ…」
「どうしよう…女らしい話し方というと…あの、ラナリット公夫人のようなのか?! "本日は、お寒うございます、こ、と…ほほほ"みたいな話し方がいいのか?!メロル、笑っている場合ではないぞ!お前にだって関係してくるのだからな!」
「も、申し訳ございません、あまりにもラナリット公夫人に似ていらっしゃったものですから、つい…。そうですねえ、あの方まではいかなくともよろしいのではないかと…。一番よろしいのは、王太子妃殿下にお聞きになることではございませんでしょうか。とても美しくお話になるという噂ですので。」
「そうだな。でも、妃殿下とはしばらくは長くお話することなど無理だし…。少し、自分でがんばってみる。メロル、笑うなよ!」
「そのお言葉はよろしくないのではないでしょうか…。」
「笑うな…笑わないでね…?なんだかこそばゆいな…。わかった、じゃあしばらくは兄上に話すように皆に話すことにしよう。それなら間違いないだろう。では、宜しくお願いします、メロル殿。」
「…今度は私がこそばゆいです…。」
「国王陛下のご命令ですから、慣れてください。」
「畏まりました。」
「お前達は、そんなところで何をこそこそ話しているのだ?」
「兄上!」
「王太子殿下!」
いつの間に来たものか、王太子ダレン・ヴァウルとジャクバール公子アウラス、少し離れて、アシリッド王太子リシャールもそこに立っていた。どうやら、今まで三人で話をしていたようである。
「兄上…私、失礼なことをして本当に悪かったと思っています。すみませんでした。」
「全くお前は次から次へと問題を起こすやつだな!あきれてものも言えん。」
「ごめんなさい…。」
「まあ、今回のことはもういい。父上に罰を受けたのだろう?私からはもう何も言わないよ。ただ、リリアには明日話をしてやってくれ。義妹に嫌われたのかと心配していたから。」
「すみません…。妃殿下はもうお休みになられたのですか?」
「ああ。さすがに疲れたようだ。話は明日でいい。」
「はい…。」
やっと公的な儀式が終わったためか、ダレン・ヴァウルは殊の外機嫌がよかった。今は略式の礼服を着ており、特別凝った服装ではないのだが、やはり彼は輝くばかりに美しく見える。見事な金髪をゆるく束ね、戦場では「王太子は目も剣になる」と言われるほどにきつい濃紺の目も今は優しい光をたたえ、細く高い鼻梁と端整な口元が完璧なラインを描いている。鍛えられたしなやかな筋肉は必要なだけその身を覆っており、脚はすらりと長く、逞しさとスマートさとが絶妙のバランスを保っていた。その上、頭の働きはずばぬけて良く、剣の腕もたつ、となると、シャイアが「ずるい」と言うのも無理はないであろう。
居並ぶアウラスとリシャールは、メロルでさえも、一人ずつ見ればそれぞれ美男子と言って差し支えない風貌なのだが、圧倒的な美を持ち合わせるダレン・ヴァウルの横では色あせてしまうのはどうしようもなかった。
アウラスは銀色に近い金髪と水色の目を持ち、四人の中で一番背が高く、おそらく肩幅も一番広い、年齢よりも落ち着いた感じの美丈夫である。現在は近衛隊副隊長だが、今後隊長、将軍、と出世するのは実力から言っても家柄から言っても確実だ、と言われている。公爵家を継ぎ、シャイアと結婚することでもあればその子供が王位を継ぐ可能性もないわけではない。臣下の中では将来が最も有望視されている人物であった。
メロルも出世頭の一人である。父親のモンターニュ伯爵は智将として名高い将軍だったが、四年前の戦いで重傷を負い、以来長時間立っていることもできない体になってしまった。伯爵は現在王都よりはるか南の領地で療養している。メロルには兄が一人、妹が三人おり、兄は文官として活躍中、妹ももうすぐ社交界デビューの予定であった。
メロルは赤毛がかった金髪と緑色の目をした、どちらかといえば可愛い顔立ちの少年である。しかし剣の腕は父譲りで、彼もまた将軍までは出世するだろうと思われた。
そしてリシャールは、人種が違うので比べようもないのだが、アウラスはもちろん、ダレン・ヴァウルよりもいくらか骨格は小さく、彼らの中にいるとほっそりとしているようにさえ見える。しかしアシリッド人の中に混ざると、筋骨たくましい男に見えた。実際には背の高さはダレン・ヴァウルと同じくらいで、体重もやや軽いか、というくらいであろう。
"漆黒の狼"とはよく言ったもので、黒い髪に黒い眼、アウラス達に比べるとずいぶんあさ黒い肌をしており、その目つきの鋭さや時折見せる飢えたような表情、神出鬼没で疲れをしらぬ戦いぶりまで、まさに"狼"の名にふさわしい。彼には"美しい"という形容詞はあまり似合わず、"精悍な"とか"凛々しい"という言葉がよく似合った。今はその鋭すぎる目を少し和らげて、ラウディニア王家の兄妹をじっと見つめている。
そのような武の要ともいうべき男達と一緒にいると、いくら「王子か王女かわからぬ。」と父王に言われているとはいえ、華奢なシャイアはとても可憐に見えた。
顔立ちは"絶世の美女""一目見ただけで目が眩んでしまう美しさ"と言われた母王妃よりも、整ってはいるがごく普通の親しみやすい好男子である父王に似ている。
が、ほっそりとした容姿ときめ細やかな肌は母親譲りで、弓矢の稽古だ馬術だと野外で動きまわっているために鍛えられた手足はすんなりと長く、よく動く菫色の大きな目とふんわりと風に揺れる柔らかい蜂蜜色の髪の毛と共に、愛すべき性格の持ち主であるため、国民からも「砂糖菓子のような姫」と非常な人気があった。もちろん宮中でも、男女を問わず「抱きしめたくなる程可愛らしい姫君」だと言われ、その人気はともすると兄のダレン・ヴァウルさえをも凌ぐ。と言っても本人にそんなつもりは全く無く、常に自分は「兄上の付録」だと思っていた。
「明日のパレードはまた大変だぞ。お前も早く休んだ方がいい。後でちょっとメロルに用があるから、私のところによこしてくれ。」
そう言ってダレン・ヴァウルはちらっとアウラスと視線を合わせた。シャイアは急に不安になる。
「はい…ですが、メロルをお叱りにならないでくださいね。今回のことは全部シャイアが悪いのです。アウラスにも、お願いします。」
「姫様、私のことは…」
「陛下のお裁きがありましたのに、それ以上申し上げることはありませんよ、シャイア姫。」
「…それなら、よいのです。では私はお先に失礼致します。」
シャイアは兄とアウラスに軽く会釈し、リシャールには少し困ったような微笑を向けてその場を退出した。リシャールに対して複雑な対応をするわけは、実は謁見の前にも一悶着があったのである。なにやら考え込んでいる様子のシャイアに、メロルは優しく声をかけた。