*聖婚の儀(2)*
「淋しい?私が?…ああ、そういえば、アウラスにも言われたことがある。そんな心配をしている者達が大勢いるらしいな。淋しい…まあ、そう言ってもいいのだが…別に、兄上、いや王太子殿下がご結婚なさるから、というわけではない。いや、それもあるにはあるが…。」
シャイアは先ほどまで疾駆させていた馬を速足に変えて、今の自分の気持ちをどう言い表せばよいのか、と思案し始めた。
「…早い話が、王太子殿下はずるいと思うのだ。」
「は?…ずるい、と…?」
予期せぬ言葉に、メロルは驚いて思わず馬の脚を止めそうになった。
「メロル、遅れるな!だって、そうではないか。メロルは、新しい王太子妃殿下をお見受けして、どのように思う?」
「ど、どのようにと申されましても…非常にお美しい姫君であらせられ、わが国の王太子妃殿下としてお迎えできますこと、大変喜ばしく…」
「そんな、杓子定規な答え方をしなくてもよい。お美しいし、お優しいし、申し分の無い方だ。お二人ともお幸せそうで、なによりのことだ。」
「…なのに、姫様は…」
「そして、わが兄上、ダレン・ヴァウル殿下のことは、メロルどう思う?」
「殿下はわがラウディニア王国の誇りです!ご聡明な上に勇敢な戦士であらせられ、しかも目が眩むほどの美男子でいらっしゃるし、下々の者までにお優しく…」
「わかったわかった、兄上を崇拝してくれて私も嬉しいよ。」
「姫様、恐れながら…。姫様のおっしゃる意味が、私にはよくわからないのですが…。」
メロルは完全に並足となったシャイアの馬に自分の馬を並べて内心ホッとしながら、不思議そうな目で王女の方を見た。シャイアは一瞬口元を綻ばせ、続いてすぐにその口を少しとがらせた。
「だから、そういうことなのだ。兄上はご自分が絶世の美男子なのに、あんな美人とご結婚なさるのだぞ!ずるいではないか!私にはさんざん、王族として生まれたからには、結婚は国のためであり、個人的な恋愛感情で異性とつきあってはならぬ、とか、どんなに嫌いな相手でも、それが国のためなら結婚しなければならぬ、とか言っておきながら、ご自分はちゃっかり根回しして、お好きな方と結婚されるなんて…。絶対にずるい!兄上はいつもそうだ。そして私は、兄上のように美しいわけでもないし、その上きっと、どこかの年寄りの王様の後妻かなにかになるはめになるのだ。いつも良い所は兄上に、悪い所は私にまわってくるようになっている。そう思うと私はつまらなくてつまらなくて…」
このシャイアの言い分には、日頃その言動に慣れているメロルも笑いをこらえるのに必死になった。シャイアは決して美しくないわけではないのだが、年上の兄と最愛の妻を亡くした父王に可愛がられて育ったせいか、15歳になった今でも、どこか子供子供した幼さがある。まだまだ美しい、と言うより、幼い可愛らしい少女であった。そのシャイアに比べると、ダレン・ヴァウルは幼少時から大人びた風貌の美少年であり、25歳の彼が光り輝く金髪をなびかせて純白の美々しい婚礼衣装を身につけ、優しい微笑みを浮かべた美人の誉れ高き花嫁を片腕に抱いている様子は、確かに神々から選ばれた人間であるように思われた。
「し、しかし姫様、そうご悲観なさらなくとも…。国王陛下や王太子殿下が、姫様のお幸せをお考えにならないはずはありません。」
「…私の幸せより、国の幸せをお考えになるだろう。別に、それが嫌なわけではない。仕方が無いとは思っている。兄上にだってお幸せになってほしいと本当に思っているし…。ああもう、私にもわからない!なんだかもやもやした気持ちなのだ!だから、鷹狩には出たくない!…この、鷹狩の時以外は、ずーっとアウラスが見張っていて抜け出せなかったからな。やっと自由になれてせいせいした。全く、儀式なんて窮屈なことだ!」
「やはり、アウラス様にはこっぴどく叱られそうだ…。」
「何か言ったか?」
「い、いいえ、何も…。しかし姫様、儀式には他の国の方々も大勢いらっしゃって、賑やかだったではありませんか。滅多にお目にかかれない方も…そうそう、あの方がいらっしゃいましたね。砂漠の国アシリッドのリシャール王子様。わが王太子殿下"黄金の鷹"と並び賞される、"漆黒の狼"。他にも姫君や王子様方が幾人も…。姫様、そろそろご機嫌をお直しになって、お戻りを…」
「リシャール王子!来てるのか?」
「はい!戻りましょう、姫様!」
「あいつがいるなら絶対戻らない!!」
「そんな…」
「やはりそうか、あいつじゃないかとは思っていた。あまり目を上げないようにしていたからな…。成る程、みんなが"漆黒の狼"といってたのはあいつのことだったのか。聞いておいてよかったぞ、メロル。リシャール王子とは昔会ったことがある。私はひどくいじめられたのだ!あいつとなど、絶対に会うものか!」
メロルは、薮蛇となった自分の言葉を呪った。
「アウラス様はきっとそのことをご承知で、わざと姫様にリシャール王子がいらっしゃることを隠していたに違いない…でも、それならそうと、私に教えてくれたっていいのに…」
そして、そんなメロルを無視して、シャイアはまた馬を速足に戻した。一瞬遅れたメロルが慌ててその後を追う。
「姫様、お待ち下さい!私の馬は姫様のセイリーンほど、脚が速くはないのですから!」
「別にぴったり着いて来なくてもいい。こんな、狩場から目と鼻の先のところで、危険などあるわけがないだろう?!私一人だって問題ないというのに!」
「姫様の側を離れるな、とアウラス様からも言われておりますし、国王陛下も王太子殿下も そうお望みでいらっしゃいます!お目触りでも、お側を離れるわけにはまいりません!」
「職務熱心なやつだな…。それなら、がんばって着いてこい!」
「ひ、姫様っ!」
シャイアが愛馬の腹を軽く蹴ると、主人の意思を人間以上に理解する名馬・セイリーンは、すばらしい速さで駆け出した。メロルは絶望した表情で、それでも果敢にシャイアの後を追う。
「姫様!シャイア様!いくらなんでも行きすぎです。もう戻ろうなどとは決して申しませんから、この辺でお止まりを!どうか、お願いします、姫…」
このままでは草原を抜けて森林地帯まで入ってしまう、と考えたメロルは、声を限りに叫びつづけた。すると唐突にシャイアが止まろうとしたので、危うく追い越しそうになるのを懸命にこらえ、手綱を引き絞ってシャイアのすぐ後ろに馬首を並べる。
「姫様、こちらへ。お出になってはいけません。」